黒と赤

悪戯(ぬるめのお題030)【R-18】

数日前から旧友が城に滞在しているのだが書庫の隣に自分で誂えた部屋から殆ど出てこず調べ物に夢中になっているようで城主であるデキウスは些か退屈な日々を送っていた。
旧友が城を訪れていないのならばそれはいつもの事なのだが、すぐ傍にいるというのにまるで相手にされないというのは少しばかり不満だった。
ルベウスの元を訪ねようと書庫までの廊下を歩いていると部屋の前で一羽の立派な体躯の鴉が佇んでいるのが見える。
聖界にいた頃は美しい雪白をしていたが、こちらでは濡れたような艶をもつ漆黒だった。
それは酔狂にもデキウスを拝する人間が建てた神殿跡から持ち出してきた剣を媒介にルベウスが扱っている一振りの魔剣だ。
聖界に在を置いていた頃に見つけたものだったが、聖界でいう穢れが強すぎて当時は持っていく事が出来なかった代物で堕天した後に探索してみれば、そのまま放置されていた為現在はルベウスの手にある。
いくつかの剣を試してみたがどうも馴染まぬと漏らしていたルベウスが漸く見付けた一振りだ。
シルヴェスの国境付近にあった神殿跡はそのまま現在の城があり、皮肉にも降臨の儀をせずとも神が降りている状態になってしまった。
鴉の姿であっても炎を吐き持ち主をサポートする鴉は、今は大人しく主人のいる部屋を守っているようだった。
元よりデキウスの闇を色濃く纏うそれは主をルベウスとしながらもデキウスの接触を拒むことはなく、頭をすり寄せてくる。
デキウスの力で何度も刃こぼれを直してやっているからか、主が替わってもデキウスには比較的従順だった。
「…………」
デキウスはじっと鴉を見、何事かを思い付いたように口の端を吊り上げると腰を屈めて鴉の頭を何度か撫でた。

集中しているというより夢中になっている時の癖なのか、ルベウスが書庫の中心で何冊もの本を自分の周りに並べて胡座をかき読み耽っている。
扉を開けても反応はなく、ルベウスがよく見えるような位置に椅子を運ぶと深く腰掛け、手触りの良い背凭れに身体を預ける。
「ルベウス、城の中で鴉を飛ばすな。造魔がつつかれる」
「私の剣はそこまで無作法ではないはずだが」
本から顔も上げずに一瞬だけデキウスに意識を向けたが、椅子から立ち上がって自分の元へとやってくる旧友の気配に溜め息をついた。
後ろから抱き込むような体勢で脇の下からデキウスの逞しい腕が差し込まれ、自然とその位置にくる手が足の付け根付近を緩やかに撫で始める。
邪魔をされるくらいならば大人しく言う通りにしてやれば良かったかとルベウスは内心思ったが、そうしたところでこの甘えたような邪魔が無かったとは言えないかと腑に落とした。
軽く溜め息を付きながら鴉を呼ぶと美しい装飾が素晴らしい漆黒の剣へと変化し、差し出した掌からゆっくりとルベウスの体内へと戻っていく。
デキウスは毎回そうであったが、その一部始終が終わるまでじっと見つめている。
剣が体内へと返るのが珍しいのか、ただ見ていたいだけなのかはよく分からなかった。
完全に剣が体内へと飲み込まれたのを見終わると、先程まで緩やかに撫でていた手が明確な意思を持ってルベウスの中心を捉えた。
「おい……」
言われた通りにしただろうと制止の声を上げてみるが、性急に追い上げようとしてくる手つきに読み差しの本を閉じて横に積まれた山へと戻す。
仕立ての良いコートやシャツをはだけさせ、直接デキウスの指が肌に触れるようになると、急にルベウスの中に抗いがたい情欲が点る。
気付かぬ内に自分も求めていたのだろうかと軽く思っていたが、求められるままに口付けを交わすと意図的にデキウスの舌がルベウスの牙へ押し付けられた。
柔らかい粘膜を裂き、互いの咥内に唾液と共にデキウスの血が混じりあう。
深く舌を絡ませると益々血の味も濃くなっていき、もっと寄越せと言わんばかりにルベウスの手がデキウスの髪を掴んでいかき回す。
何かおかしい。そう気づいたのはいつもより早いペースでデキウスの血に酔いそうになる自分を感じたからだった。
これまで数え切れない程交わり、ある程度自分の身体も分かっている。
求めていたから、といってもデキウスの闇がルベウスを浸食しようとする速度が早すぎた。
「っ……お前、何をした……」
上がる息に無理矢理口付けを止めさせ、ぐいと口の端を拭いながらデキウスを睨むと、本人は意地悪げな顔で耳朶を飾るピアスへ舌を這わせる。
「さっきの鴉に、少しばかり俺の闇を喰わせてやっただけだ。随分と楽しそうじゃないか」
耳元で吐息混じりに囁きルベウスを甘く誘うが、その内容にルベウスの目が一気に怒りで凍りつく。
直接まさぐっていた手を振りほどき身体を反転させると、デキウスの肩を強い力で掴みながら床へと押し倒した。
したたかに背中を打ち付け驚きで眉を少しだけ上げるが、怒りに満ちたルベウスの目に自分の失策を思いしる。
「私がどうなるのか興味があったのか?勝手にこんなものを仕込まれて悦ぶと?」
乱れた着衣のままで凄むルベウスはデキウスの欲を煽ってくるが、あくまで視線は冷たくデキウスを見下ろしてくる。
「勝手でなければ良かったか?」
「減らず口をたたくな。こんなもので快楽を得るだけならお前が相手である必要なぞない。二度と勝手に使うな」
まるで熱い告白のような言葉にデキウスが呆気に取られた表情をみせ、その間にルベウスもまたデキウスの服を剥いでいく。
性急に仕立ての良い革のコートを引き裂きかねない力で脱がし、中に着ているものも力任せに脱がせた。
露になった褐色の肌に牙を突き立てると温かい血液が咥内を満たしてルベウスに恍惚の表情をさせる。
内側から浸食する闇は酷くルベウスを昂らせているようで、既にいきり立ったものがデキウスの腹に押し付けられていた。
これは面白いものを見付けた。と無理矢理犯されるようなやり方で追い上げられながらデキウスは薄く笑う。
快楽よりも苦痛の方が勝っていた身体がルベウスに馴染む頃、愉しげな笑いをあげながら自分の血で汚れたルベウスの唇を舐めた。

 


・ルベウスサイドから

ルベウスは第三者に対しては滅多と怒らない。というよりも、怒っているとしてもその様子を見せないのが習い性になっているようで、それでもデキウスのように彼の反応に慣れていると、そこから随分と豊かな反応を見て取れた。

 一方で、デキウスには日常の些細な苛立ちも怒りもストレートにぶつけてくる。むしろ容赦が無い。それでもそういったものがぶつけられてくるうちはまだ大したことは無いのだ。それを超えると、ルベウスは氷点下の眼差しと対応で距離を開けようとする。

 なのでもうかれこれ1時間近くデキウスは罵られていたが、内心よくこれだけ腹が立てられるなと感心していた。

 きっかけはデキウスの些細な悪戯だ。

 今はルベウスの剣でもあるアーリアは、もともと聖界時代に二人でデキウスの神殿に埋もれていた遺物を見つけたものだった。損傷している部分を治し、剣として使える姿に戻したのはデキウスの闇の力だ。

 なので昔のように雪白ではないが黒の大鴉の姿を取り戻したあとも、アーリアはデキウスに従順で慣れていた。

 ルベウスがそのアーリアを鴉の姿で遊ばせているときに、ほんの好奇心で己の闇を喰わせたのだ。



 ルベウスには数え切れぬほど交わって、分かちたくとも分けられぬほどデキウスの闇が混じっている。さらには右目の視神経と痛覚の共有、影に潜ませた間者のような闇。そのどれに対してもルベウスはもはや取り立てて意識することもなかったが、己の魔力を与え、取り込み、己の力として奮う剣の部分にデキウスの闇が侵食したのは違ったようだ。

 外からの快楽とは別で、自分の意識と無関係に内側からルベウスを強引に煽り立てる。媚薬よりも容赦がなく、内側を勝手に蹂躙される快楽にルベウスは激怒した。

「私がどうなるのか興味があったのか? 勝手にこんなものを仕込まれて悦ぶと?」

 そこから始まり、お前は昔から頭の中は快楽がどうのということばかりだの、あまりに不特定多数で遊ぶ割に満たされないだの文句を言う、その他大勢と私は違うと言うくせにこんな無礼をするだの。

 冷たい視線で激怒するルベウスに、そそられるなどといえば更に煽ることになるだろう。だからといって素直に興味があったとも返事ができない。

「勝手でなければ良かったか?」

 とりあえず一番当たり障りのない答えを選んだつもりが、さらにルベウスの眉を吊り上げることになった。

「減らず口をたたくな。こんなもので快楽を得るだけならお前が相手である必要などない。二度と勝手に使うな」

 ルベウスの吐き捨てる言葉とともに、服を乱暴に剥がされうつ伏せにされたが、デキウスは唇に上る笑みを意識せざるをえない。



 何だ、この熱い告白は。俺で無ければ駄目だと言いながら、俺を罵るか。

 

 褐色の自分の肌に牙が立てられ、ルベウスの口中が血で溢れるのも、そして前戯もなく当然のように押し開かれる苦痛に、思わず声が漏れるのも、恐ろしいほどの快楽に変わる。

 ルベウスが怒り狂うだけある強さと熱さが、快楽など斟酌しない荒々しい挿入と動きとなり、揺さぶられる動きに合わせて頬が床にこすれる。

 こんな熱さを自分にぶつけてくるくせに、何の文句があるんだ、と言いたかったが、ルベウスの指に口まで犯されていて言葉にならなかった。



 容赦なく自分を求めるルベウスが見たかった、ただそれだけだと笑いながら、苦痛だけではないものが沸きあがり硬く立ち上がる自身に、ルベウスの指が絡んで来るのを感じてさらに快感に震える。たとえそれが絶頂を辿るのを奪う動きだとしても、腰を振りたてることすらやめられない。



 全てが貪欲に自分だけを求める快楽など、血を吐こうが止められない。それがルベウス相手ならなおさらだと思いながら。


 

・関連のお話:聖界時代にてこの剣の一件について
http://crystarosh.velvet.jp/granatum/wp/2015/07/29/0729/