黒と赤

聖17 お題【7/26】

「見下した様子で」「肩に爪を立てる」。キーワードは「機械」です。
機械というより事務的な部分ですねw


 

 快感に頬を紅潮させ、もっとと言うように腰をくねらせ、足をデキウスに絡めてくる相手を、冷めた目で見下した様子で見ていた。
 嬌声も誘うような視線も仕種も、そして体の反応も抱く前に予想していた以上だ。
 しかしこれほどまでに冷めた気持ちで抱くことになるとは思ってもいなかった。
 震えながら肩に爪を立てられ、相手が達したことを知り、己の精を放つ。
 脱力した体を支えたが、抱き縋ってくる腕は邪険にならない程度に避けた。
 次の約束に曖昧に返事をし、館を後にするとそのまままっすぐに斎戒宮へ行く。
 最近では馴染みになってきた浄化の炎で焼かれ、絶叫し、ようやく吐くことを許された気分で、回復室で存分に胃の中のものをぶちまけた。おのれの馬鹿さ加減にも反吐が出たのだ。アストラルの状態で魂の苦痛に苦しむより、肉体から何か吐き出すほうが耐え切れぬと思ってもまだマシだ。
 肉体的な苦しさの物理的な反応で涙が滲む。

 ルベウスに少し似ていると思った。
 怜悧な顔立ち、漆黒の長い髪で、蒼い目。少し前から誘われていた。
 だがそれだけだ。
 自分は何をしたかったのか。
 残ったのは嫌悪感だけだ。相手が悪いわけではない。

 ようやく肉体的な反応が落ち着き、回復室を出たところでその当人が立っていた。
 いつものように温度を感じさせぬ冷淡さと無関心さの上に礼儀正しい微笑を浮かべ、憎らしいほど清々しい様子のフィディウスと会話をしてこちらに気付いていない。 やがて背を向けていたフィディウスが別れを告げ出て行ったところで、ルベウスがこちらに視線をやりデキウスの表情に顔を顰めた。
「ひどい顔だ」
「おかげさまでな……」
 ルベウスが手の届く距離にやってきて、しげしげと顔を見つめてくる。
 さすがに斎戒宮内では、相手に触れるのを憚られる程度にデキウスも聖界に慣れていたが、今は触れたい衝動が堪えきれぬほどあった。性的にではなく、抱きしめてその存在を自分に教えたい思いで。
 ルベウスがアストラルであったことで、その無礼をせずにすんだが、満たされない気持ちだけが残る。
「お前は仕事の穢れ落しか?」
 仕事の、という部分が皮肉に強調されて響いたかと思ったが、ルベウスはそれに反応するでもなく器用に片方の眉を上げて「ああ」といつものように頷く。
 事務的に閨房の仕事をこなす男でも穢れが溜まるような想いがあるのか、といまさらながらに思うと、可笑しいよりもそれがまた不快に感じられた。

 いったい何のタブーな想いを抱くのかと。
 そんなものがあるならば、決して事務的ではないのではないかと。

「難しい顔をしている。らしくないな」
 ルベウスは静かに笑うと、サラ…と衣擦れに似た音と共に深紅の翼を肉体化して広げた。色彩の乏しい部屋で赤が目を奪う。
 他人の目を遮ったその蔭でデキウスの眉間に触れ、目じりに残っていた涙の名残を親指で拭うと手を下ろし、同時にまたアストラルに戻って翼を閉じた。
 触れられたところからエネルギー的に温かなものが広がる。
「大胆だな、この場所で」
「非礼は相手がそう思わなければ、成り立たぬだろう?」
 ルベウスは何もなかったとしか思えない無表情さで、淡白に答えた。
「そういう理屈が好きだな、お前」
「好き、か……」
 ルベウスはそこで少し考えるかのように間をあけて、「ああ、好きだ」と続けてうっそりとした微笑を見せた。
 その表情がデキウスの目を奪う。澄んだ知性と抑制の効いた感情の向こうに何を隠しているのかと、揺さぶりたくなるのだ。押し殺しているというよりも本人さえ気付いていない、気付こうとしない熱に自分は煽られている。

 温度の低い薄蒼い目がこちらを見つめる。
「このあとどこかの館に呼ばれて無いなら、酒でもどうだ?」
「前半の気遣いはいらぬ。普通に誘え」
 デキウスが少しむっとして答えると、相手は「そうか」と笑いを噛み殺して出よう、と促したのでそれに同意した。

 似て非なるものを気の済むまで抱くよりも、欲望を抱えたまま本人と酒を酌み交わすほうが気が晴れる日がくるとは思いもしなかった、と思いつつ……。

 

 

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