黒と赤

監視カメラ(ぬるめのお題007)

 ふと嗅ぎなれた匂いがするような、見覚えのある風景に出会ったような、そんな瞬間がある。
 気配、というには濃密で、髪や耳の周りで自分にだけ囁く声が聞こえる事も。
 ルベウスの場合、それは気のせいではなく確実にそこに原因となる者がいた。
 そう言うと幻聴でも聞こえているのかと思われるが、それは確かに空気を震わせる音だった。

 先日ルベウスの主から下賜された木箱の中には深海を思わせる天鵞絨の張られた小さな宝石箱が入っており、恭しくその蓋を開くと一粒の紅玉が収められていた。
 雫型にカットされたそれの大きさから、このまま愛でるか装飾に使うか深い赤を見ていると影がゆるりと蠢く。
「へぇ……お前、か」
 聞き間違えようのない声が明らかに目の前の紅玉を指して耳朶を擽る。
 まるでルベウスの見ているものが分かるかのように。
 否、同じものを同じように見ているのだ。
 だからこそ、ルベウスの手の中にある物が名の起源であると分かっている。
「俺は生身のほうが好みだな」
 耳元でねっとりと纏わりつくような旧友の戯れに目を細め、くだらない物を見るような目つきで足元に広がる己の影を見下ろした。
 大切なコレクションに触れる際身に着けている上質なシルクの手袋をゆっくりと外していき、露わになった指先でまるでそこに本人がいるかのように影をなぞる。
 感覚まで共有出来るものなのか聞いたことは無いが、含みを持たせ淫らに撫でさすると己の身体に落ちる影が楽しげに笑ったような気がした。

 

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