黒と赤

ねこみみ誕生

お題 「泣き顔で」「耳に触れる」。キーワードは「研究所」



 呆れたように眉を上げ、笑い転げる旧友を見下ろす。奔放に声を上げて笑うことは珍しくないが、それでも笑いの内容を思えば微笑ましい笑顔ではないことのほうが多い。だが今の笑いに血も残酷も皮肉もなかった。自分がその対象になっているだけだ。
「いい加減にしろ、うるさい」
 黒革のブーツのつま先で、寝転がって笑うデキウスのわき腹をそこそこの強さで蹴る。
「い、息ができ……」
 語尾すら笑いでかき消され、ルベウスは溜息を吐いた。
 その派手な笑声に両手で抱えていたものがもぞもぞと動く。
 ミャァ、と声をあげると見る間に声が重なる。
 5匹の妖魔の仔猫だ。
「に、似あわねぇな……!」
 デキウスはげらげらと笑いの発作を続ける。

 オディールで親に死なれた妖魔の猫の子の兄弟が保護され、何とか助けられないかと城主の下に持ち込まれた。今は仔猫と変わらないが、長じれば人に害を成すこともある獣だ。いずれ助けた人間たちはまた彼らを狩ろうとするだろう。
 今の見た目だけで助けるのは良策ではない、とルベウスは思ったが、城主の気まぐれで彼らにヒトガタを与え、人のために役立つ生き物にせよと命じられたのだ。
 下級の妖魔が人の形を得られるようになるには、100年以上を生き、智恵と魔力を見につける必要がある。それを仔の状態で実現するなら一気に中級の魔力を与えることになるだろう。その代わりに城主は彼らの成長のエネルギーを封じて転化した。
 そしてその後の魔力を封じてヒトガタを維持するために闇を織り込んだ首輪が必要だった。
 魔界に求めれば手に入るだろうが、時間がかかる。時間の感覚が違うので、下手をすれば数日待てが10年20年など珍しくない。だがルベウスには闇に長けた旧友がいた。彼ならばこの妖魔の面倒を見る時間を最短にしてくれるだろう。
 ゆえに五匹の仔猫を抱いて不機嫌そうに訪れたルベウスに、デキウスは最初「食うのか? それとも実験動物か」と怪訝そうに尋ねたが、事の次第を聞くとだんだんと笑い出した。
「じゃあお前の弟子か養い子になるのか?」
「弟子ではない。養いもしない。敢えて言うならば、これらはわが君の保護下になる」
「――ってことは、お前の同僚か!」
 そこでデキウスは仔猫を抱いている旧友の姿とあいまって、笑いの発作が起こったのだ。
 いまや涙を流して笑っている。
 ルベウスは剣呑な顔をすると、脇腹を小突いていたつま先を股間へと乗せた。泣き喚く仔猫を抱いたまま、身をかがめてデキウスの顔を覗き込む。デキウスは目じりの涙を拭いつつもまだ笑っている。
「どうせならもう少し力を入れてもらったほうがいいんだが」
「そうして欲しければさっさと魔を封じる首輪を出せ」
「よかろう。久しぶりに涙が出るほど笑った礼だ。だが命令じゃなくお願いするんだろ?」
 デキウスはようやく発作的な笑いをおさめたが、面白げに笑う双眸はそのままで、自分に屈むルベウスを求めるように両手を伸ばす。
 ルベウスは嘆息すると股間から足を下ろし、床に片膝をつくとさらに深く身を屈めてデキウスの口唇を舐めるキスをした。デキウスの手が耳を愛撫するように触れる。
 二人の間で、妖魔の仔猫たちが窮屈そうに抗議の声を上げた。
「残りは後払いだ」
 氷の声に、デキウスはしたり顔で自分の唇を舐めてルベウスが濡らした場所を味わった。

 


  ねこみみさんは、オディール島で配達をしている文字通りネコミミをした子供の魔族です。 シリアスの多い世界の息抜きです(笑)

【経 緯】 アカデミーが創立して間もないころ、黒鳥城のそばにある学生寮の前に妖魔の猫の子供が五匹親からはぐれて死にかけていました。妖魔の猫といえども子猫の ころは普通の猫そっくりで、間違えて飼ってしまう人が沢山います。そして成獣になると肉食獣並みの大きさになり、魔力を持ち、力も強く家畜や人を襲うこと もあるので、大抵は途中で気づいて捨てられるか殺されてしまいます。 この五匹の妖魔の子猫も、学生たちは普通の子猫だと誤解して拾い、こっそりと面倒を見てやっていました。 しかしある日、森番小屋の職員がやってきてこれは妖魔の子猫だから早急に処分したほうがいいと勧めますが、妖魔の子猫たちはすっかり学生たちに懐き、可愛い以外に何の害もありそうに見えません。 学生たちは処分と言う言葉を聞いて、なんとかそれを避けられないだろうかと必死に頼みこみました。 妖魔の子猫たちは普通の猫よりもずっと利口で、主人に犬さながらの忠誠心を持ちます。 もし主人を定めることができれば、人や家畜を襲うことを止められるかもしれませんが、野性に戻すならば害獣を増やして放つことになります。 しかし魔族ならともかく、人間が妖魔の主人になる資格はありません。もしなれるとしても、並外れた魔力を扱える魔道士でしょう。しかも妖魔の寿命は人間以上あります。 5匹の主人を探すのはオディールといえどもとても難しい問題だと思われました。 泣いて嘆願する学生たちになす術もなく、妖獣の扱いに慣れている森番小屋の職員たちに妖魔の子猫が引き渡された日、偶然にも城主の所用をこなす使者が城 を訪れ、彼らからことの経緯を聞きます。魔と共存することを目指して開かれた土地ならば、人の子がこれほど守ってやろうとした命、何とかできないもので しょうかという願いを使者は城主に取り次いでやりました。 「では妖魔の子猫たちは人と異種族の垣根を払う役目を負って、人と共に生きることを許そう」と城主が認め、彼らの主人となりました。 以後、妖魔の子猫五匹は人語を話す力と姿を与えられ、彼らなりの知恵を絞って人と異種族の垣根を低くするのに奔走しています。

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