時折自分の進む方向から微かに影がずれる。
それは意識して見ていても気付かないが、瞬き一つの間遅れることがあった。
ルベウスはそれが何故かと思う事は一度としてない。
影が旧友の一部であると知っているからだ。
同じように影を支配されているウェルギリウスはそれを苦々しく思っているようだったが、慣れてしまえばどうということも無い。
彼が自分と同じものを共有したとして、それで何ら困る事もないからだ。
影が仕込まれているといっても常に感覚が繋がっている訳ではなく、己が見聞きしたいものだけを見ているようだった。
主に言い渡された主命の遂行中のことは殆ど把握していなかったし、貴族連中と顔を突き合わせていてもその者達の名を覚えていた試しもない。
恐らくは行動に興味があり、退屈で暇を潰したい時だけ繋いでいるという事なのだろう。
何人の者の影に仕込まれているかは分からないが、ルベウスが連れ出す以外に殆ど城から出ない男がやけに情報を掴んでいる事があるので相当数放っているのだろうとルベウスは思う。
恐らくはルーフェロの夜で顔を合わせた貴族達にも放っている。
気付かれずに、ひっそりと潜ませ何をすることもなくただ見ているだけだ。
影の気配に気付くような者は最初から潜むことはない。
ルベウスやウェルギリウスの影のようにデキウスの側から相手に何か伝える程の力も無い。
気まぐれに契約を交わした哀れな人間には干渉できる程度には潜ませているようだが、あまり送り込むと人間の側が耐えられなくなる。
デキウスの闇は僅かであっても濃く深い。
何と有能な草だとルベウスは笑った。
「思い出し笑いか」
急に耳元で囁かれた言葉に先程とは違った笑みを浮かべ、タイミングの良さに呆れたように目を伏せる。
「そうだな、お前の事を考えていた」
素直にそう伝えると、影の向こうで訝しげにこちらを伺う気配にルベウスは声を出して笑った。