黒と赤

誕生日(ぬるめのお題049)

ルーフェロの夜が間近に迫り、ルベウスは黒鳥城の一室で旧友の夜会服の着付けに手を貸していた。
一人で服だけ渡してもいつまで経っても終わらぬという経験からだ。
釦の多いシャツは一つ目で恐らくうんざりした顔を向けるだろう。
暫く大人しくしていると思ったデキウスがふと口を開く。
「そういえばお前は誕生日とやらは覚えているか?」
「……いや、分かる訳ないだろう。そういうお前は覚えているのか」
何を言い出すのかと言った顔で袖の釦を嵌めていくと、デキウスが手持無沙汰の指で肩にかかるルベウスの髪を絡める。
「アレがな、文書院に入るために書く書類で手こずっていたのを思い出した」
「あぁ……生真面目な犬なのだな」
適当に書けば良いものを、と言いながら開いたままの前釦に取り掛かるとデキウスの指もルベウスの髪を梳き、その手触りを楽しみ始めた。
一歩近付いたルベウスの耳朶を軽く食み、ピアスの付近まで舌を這わせるがルベウスの手が止まる事は無い。
先の尖った耳の端まで咥えると、その形に沿って舐め上げ、逃れようのない淫靡な水音を聞かせた。
「記憶の淵にもはっきりとどこで自我が出来たのか曖昧だからな…」
「……人間は誕生した日を祝うそうだな。神がこの地に降り立った降誕祭を祝うように」
釦をかけ終わったところでスラックスを穿かせ、先程の悪戯の仕返しとばかりに股の膨らみを一瞬力を込めて握ると、デキウスが降参とばかりに両手を顔の位置で上げる。
「人間は記念を作るのが好きだな。100年かそこらの命を謳歌したいのだろうが」
「……誕生の日は分からんが……」
濃紫のヴェストに腕を通させ、コートも着せてやるとカフスボタンをつけてやる。
そして何のことは無い、といったいつも通りの口調で平然と言い放つ。
「お前とこうして何の制約もなく居られるようになったのは、ルーフェロの夜と同じ日だな」
「……」
その言葉にデキウスは口角を吊り上げ満足げに笑うと、これまでの着付けの謝礼とばかりに両手でルベウスの顔を包み込み、薄い唇に優しく深い口付けを贈った。