黒と赤

聖28 【8/2】R-18

 デキウスがゆっくりと腰を引き、また一気に揺さぶられるほど突き上げられ、ルベウスは頬を柔らかな絨毯に押し付けたまま、体内から押し出されるような濡れた声を漏らした。デキウスの手が己に絡みつき、快楽を追い上げようとしてくるが、そんなものはいらぬというように手を払うのが精一杯だ。
 圧倒される肉の質量が体内を満たし、鳥肌が立つほどの快感が途切れなくルベウスを舐める。
 閨での勤めで、相手が女性であろうと男性であろうと悦ばせるすべは熟知しているつもりであったし、実際自分が得る快楽も知っていたが、いまわが身を襲っているのはそんな俯瞰的なものではなかった。あまりに翻弄されて、自分が何をしているのかすら忘れそうになる。
 これでデキウスを受け入れたのが何度目で、彼の中で精を吐いたのが何度目かもわからない。
 性急に快楽の頂を見たいのと、焼け付くような快感を持続させたいジレンマでまた掠れた声が漏れた――。


 天から地上へと降りる間、相手を煽り続けるキスを交わしたにも関わらず、地上に舞い降りたルベウスの顔はそんな名残を微塵も残していなかった。デキウスのほうが恨めしく思うほど怜悧で沈着なものになっている。
 この切り替えの鮮やかさを寝台でやられたら、誘った相手が滅入るのも想像に難くないが、デキウスはその逆が見たいと思いつつバールベリスの神殿を目指すルベウスを追う。冷静なルベウスの表情が快楽に溺れる瞬間をこの眸で見たい欲は、この手で抱きたい欲望と相まって単にキスを交わすだけでも常に燻っていた。
 シルヴェスとベールヴァルドの緩衝地帯に近い場所に、バールベリスの神殿はあった。魔術と錬金の知識を司っていただけあり、今も信奉は厚い。そしてあらゆる欲を煽るのを好むので、知識を求める連中のそれを底なしに煽りたて、彼らを人の道から踏み外させることも多々あった。それがエウシェン的には看過しがたかったのだろう。
 魔術と錬金の知識は欲しいが、人を人にあらざるものに導くほど欲を煽る存在は呑みこみたくないのが本音なのだ。エウシェンは地上の自分の信奉者を使い、不都合な部分を消そうとするように、バールベリスの魔術の痕跡を潰していた。
 それに関してバールベリスが面白いと思うはずも無いが、聖族として上級天使として異を唱えられぬ立場に追いやられていたので、時としてシャリートのような他神の力を借りて、こっそりと逃がそうとするのだった。
 二人がその神殿を訪れたのは午後も半ば過ぎた頃だった。高位聖職者の黒の衣装を纏ったものの来訪、それが何を意味するか理解している神官を通じて人払いをした。
 まず建物の周りに護符でシャリートの結界を張って他の神を信奉する人間が近づくのを避け、他の聖族ならば警戒を告げるアストラルを配する。
 シルヴェスにあるせいかバールベリスの神殿は重厚な石積みで荘厳かつ美しく、ルベウスが目を輝かせるほどの書物で溢れかえっており、禁忌の文献を収めた地下の書庫などは彼の部屋に似ていた。
 地下の書庫は五角形の部屋で、壁面には床から天上までの書架が埋め尽くし、手触りの良い深紅の絨毯が敷き詰められた中央の空間は、雑多な書物からの影響を遮るような結界になっており、床に寛いで座り込み書物を紐解ける場所になっていた。
「お前の部屋に似ているな」
「私の部屋はここまで危険なものが混じってない」
 ルベウスは興味を隠せぬ目で、積み上げられた巻物状の書物や、鍵のかかる櫃に収めらた書物を見つめる。
「ここまでということは、多少はあるわけか……」
「同時に開く本を間違わなければ大丈夫だ」
 ルベウスは薄く笑うと、部屋の角の頂点を結ぶようにさらに護符で結界を張り、頼まれていた石版の入った聖櫃だけを五芒星の中央になった空間に置いて座した。バールベリスが人間に授けた石版だが、長く人の欲に染まってきたせいか、埃のように穢れが付き纏っている。それをルベウスが自分に纏わりつかせることで祓い、深夜のエウシェンの力が弱まる頃にオディールの黒鳥城に移す計画だった。
「深夜までこれを読めるかと思うと、役得と思わざるを得ない。聖界には持ち込めぬゆえ」
 ルベウスが知への欲求に目を輝かせ、石版の表面を撫でる。
「人にくれてやったものなど、バールベリスに直接聞けば投げてくれるのではないか?」
「正規のものからどれだけ端折られて、何を隠して何を教えたのかを知るのが面白い」
 そんなものか、とデキウスは肩をすくめて周りの書棚に沿って歩く。名を聞いたことすらないような神を讃える書や、自分すら顔を顰めるレベルの穢れを帯びた書物もある。ゆえに禁書なのだろう。翼を広げ、天井近くの書棚にまで舞い上がり、また同じようなものかと床に下りる。
「退屈なら、ナハトメレクあたりまで繰り出してきても構わぬぞ。夜更けに戻ってくればよい」
 石版から目を離さずに、落ち着きのないデキウスに笑いを含んだ声をかけた。
 デキウスはシャリートを信奉しているわけではないが、先日の交わりで何がしか得たもののせいか、結界に触れても何も感じない。ルベウスの背後に座わると、足を開いて距離をつめ、彼を抱え込むようにして手元を覗く。
 背後に体重を感じてルベウスはデキウスの髪をもてあそぶが、石版の文字を追うのをやめない。デキウスは相手の動きの邪魔にならない程度にゆるく抱擁して、うなじに鼻先を埋めていたが、その花の香りににた芳香が身の内に火を点す。
「ルベウス……」
「ん?」
 集中しているときにとりあえず寄こすいつもの曖昧な返事。
「お前の仕事は、石版をシャリート神の城に移すことだな?」
「ああ。確保できたからほぼ完了したのも同然だ」
 次の石版を取ろうと手を伸ばし、デキウスからの抱擁の縛めが強くなって届かないことに苦笑する。
「届かないのだが……」
「じゃあ少し時間をくれ」
 デキウスが背後からルベウスの顎を取り、くちづける。
 不自然に首を曲げた姿勢では長く続けられないと思ったのか、ルベウスは少し笑うとデキウスの足の間で上半身を捩ってさらに応えたが、唇を離すとデキウスの顔を撫でながら。
「読み終わるまで待て」
 と言った。デキウスが焦れたように答える。
「あとでその時間は十分にやる」
「本当か?」
 ルベウスは面白がるように片目を細めて笑い、天上では見ない黒の衣装を纏ったデキウスの胸を撫でた。
 上半身のラインが綺麗に出るように裁断され、裾に行くほど布をたっぷりととって動きやすくなっている。そしてデキウスの良く鍛えられた胸の筋肉にあつらえたように、張り詰めている。それを撫でられて他意がないとは言えまい。
「お互い見慣れぬ姿だな」
 ルベウスがゆっくりと唇に広がる笑みを見せ、くるぶし近くまで続く釦の一番上を外す。
 啄ばむようにキスを交わしていたが、今までのことを思えばお互いの熱が上がるのも早い。ルベウスは膝立ちになって完全にこちらに向き直ると、音を立てて口唇と舌を食みながらデキウスを煽ってくる。

 やがて二人は殆ど噛み付くようにキスを交わしながら、もどかしげにお互いの衣服を剥ごうと動きがもつれる。
 ルベウスにこれほど自分を求めてくれる熱があったのかと、更に自分もそれに煽られ、らしくなく余裕をなくしていくのを感じながら、デキウスは昂ぶりを隠せない。
 そしてルベウスは普段からご婦人の複雑な服を脱がし慣れているのか、デキウスが気付けば自分は胸から下腹ちかくまですっかり曝け出されていた。さらに馬乗りになるような勢いでキスを濃厚に続けながら、脇腹を撫でられ、その手が尾錠(バックル)にかかる。
 殆どそのまま崩れるように床へ倒れこむ時に姿勢を入れ替え、デキウスはルベウスを横に押し倒した。髪が緋い絨毯に広がり、ルベウスは猫がおもちゃを取り上げられたような非難する目でデキウスを見上げている。
「抱かせてくれるのだろう? デキウス」
「ちょっとまて……何か違う気が」
 うるさい、と言うように局所を掴まれ、肩に歯を立てられた。
 どちらも相手が欲しすぎて、噛み合わないのが笑える。
 そういえば抱かれる趣味はないと言っていたか――。
 デキウスは天界でさんざん煽られて身についた自制心で、欲望の濁流に歯止めをかけると、ルベウスの背に手を回して宥めるように抱いた。
「抱きたいと思うし、抱かれても良い。
 いやそうではなく──、お互いを感じられればどちらでもいいんだが」
 不機嫌そうに睨んでいたルベウスも、そっと息を吐いて「同感だ」と呟いた。
「わかった。好きにしろ」
 吐き捨てるようではなく、納得の上同意した様子だが、そのルベウスの言葉にデキウスが苦笑しながら、ルベウスの上唇を少し捲り上げる。
「もう少し言いようがあるだろう?」
 ルベウスはしばしデキウスを軽く睨んでいたが、目を伏せ舌先でその指を舐めると、今度は掬い上げるような目線で見上げてきた。彼が房事の仕事で会得したものであれ、己の感情を乗せてそれを使われると、思った以上に凶器だ。 その艶を帯びた薄蒼の双眸に、デキウスの体内に新たなうねりが加わり欲望の濁流が溢れそうになる。
「お前の紡ぐ色を見せてくれ」
「高尚過ぎる」
 デキウスは笑いを含んだ声で文句を言いながら、ルベウスの手をもう一度取って下腹部の熱に触れさせる。
「注文が多い」
 喉奥で笑いながら、ルベウスの手は着衣の下に滑り込み、十分すぎるほどの力強さで屹立しているそれを握った。
 デキウスの表情をどこか恍惚として見つめながら、快感を煽っていくルベウスが見知らぬ人のように淫らだ。
 その口に指を差し込むと、手練の娼婦のように舌を絡めてしゃぶりつくそうとする。膝に抱き上げて下肢だけ脱がせ、長い法衣の後ろのスリットから引き抜いた指を双丘の窪みに穿つと、ルベウスは喉を曝して僅かに身を反り、自身の唾液でたっぷりと濡れた口唇を舐めながら、甘さのある強い視線で見つめてくる。
 抱かれるのは趣味ではないとは言うものの、房事に招かれ供されるだけあって、それで快楽を得ることは知り尽くしているようだ。
 デキウスの指が増えて肉を掻き混ぜると、ルベウスは膝立ちのまま頭を抱いて口腔を犯してくる。舌を絡め、頬の内側の滑らかな肉を堪能するように何度も舐め、デキウスの舌を傷つけて薄く血の混じった唾液を嚥下する。
 熱い吐息がお互いの口中で混ざり、漏らす声も混じるのが更に煽る。
 黒の長い法衣を纏ったままようやく釦が全て肌蹴け、しっとりとした汗の滲む白い胸がデキウスの目の前に晒された。胸の突起を含もうと顔を近づけると、肌から立ち上る香りがいつにも増してある種の花を思わせる。
 旧神の娼館、あるいはルベウスの部屋で焚かれている香に似た芳香だ。催淫の、といっても彼は信じないだろうが、娼館ではその目的で焚かれている。
 そして普段の彼からも同じ香りが仄かにするのだが、今はもっと濃厚だった。
 その香りが持つであろう本来の効果以上に、デキウスは酩酊感を覚え、自分を見下ろしているルベウスの目を覗き込む。
 色の薄い蒼の目が、狂気に似た蔭をまとって自分を見返してくる。ゆるく開かれた唇から、お互いを蹂躙したせいで唾液の糸が引いている。
 この目。これこそが見たかったルベウスの一部だ。
 表情の変化を見ながら、彼の中に入りたいと思って十分に慣らした指を引き抜くと、眉間を寄せて僅かに震え、取り上げられた快楽に抗議するように睨んでくる。
 そして気がつくとデキウスの肩は柔らかな絨毯に押し付けられ、ルベウスを見上げていた。彼自身も十分滾り、腹を打っている。己の先走りとデキウスのそれを擦り合わせるとそれを潤滑にして、腰を浮かし、デキウスの楔に手を添えて双丘に呑みこみだした。
 唇を薄く開き、吐息と唾液を飲み込むたびに上下する喉を曝し、時折それに混じる濡れた声。何かを追うように視線を揺蕩わせ、視線がデキウスと重なると、滲むように笑みを返してくる。
 下からルベウスを見上げ、凄艶とはまさにこの顔だと見惚れた。上に乗るのが好きな女性は珍しくないが、犯しているのに犯されている気分を味わうことはない。
 だが彼は違った。
 あまりにも彼を欲しているせいか、あるいは余りにも彼が自分を欲しているせいか、感覚が混じる。
 ルベウスの中は熱ときつく絡んでくる肉で、たちまち絞り上げられるような快感が突き抜ける。
 全てをを呑み込むと、ルベウスは細く息を吐いて、デキウスの引き締まった腹部に両手をついて内部の圧迫感を紛らわせようとするかのように少し腰を浮かせたが、デキウスはそれを逃がさないように両手で腰を掴んだ。
 質量の苦しさなのか僅かに苦笑を見せるが、自分の指を舐めてそれをデキウスの口唇を割って犯してくる。それを噛んで同時に腰を突き上げると、ルベウスは一瞬瞠目して、ゆっくりと淫靡な笑みを広がらせた。
 もっと寄こせ、というように。
 それを合図に、デキウスはルベウスの腰を捉えたまま容赦なく突き上げ、ルベウスは苦痛にも似た圧倒的な快楽に腰を激しく振る。その動きが自分だけでなく、相手への快感を刺激することを熟知しているようで、デキウスは圧倒されるままに精を吐き、ルベウスもデキウスの上に欲望を散らし、胸を重ねて喘鳴を漏らした。
 しかし余韻もつかの間、ルベウスが放った精を口で清め始め、デキウス自身を含むと二度目の快楽を求めて熱が蘇ってくる。
「ペース、速いぞ……」
 喉まで飲み込みそうな深さでデキウスを舐めるルベウスの汗で湿った髪を掴むと、ルベウスは薄蒼い眸で見上げ、戯れるように小さな牙を見せる。
 あんなものを敏感な部分に立てられたら流石に身が撥ねるだろうという思いと、それがどれほどの快感を引き起こすのかと言う期待に頭がクラクラする。その興奮が他愛もなく下半身を固くさせた。
 それを感じてルベウスが笑い、羽織ったままの法衣を邪魔そうに脱ぎ捨て、全身を曝した。内腿をデキウスが放った精が落ちて行く。
 想像していたとおり無駄のない筋肉のついた引き締まった体躯だ。四肢が長いぶん、優雅にも見える。何度も着衣越しに触れたことのあるルベウスの熱を眸にし、今度はデキウスが吸い寄せられるように含み、音を立てながら飢えたように舌を絡めた。ルベウスの指が愛しげに髪に絡んでくる。
 夢中で舐めているとそっと抱き起こされ、今度は深い口付けになる。ルベウスの指が後ろの熱を引きずり出そうとするかのように挿しいれられたが、違和感どころかいきなり快楽を生む場所を擦られて、舌を絡めたまま声が漏れた。
 ここか、と蕩けるような声が耳元で囁く。デキウスは躊躇いもなく何度も頷き、牙に舌を這わせる。
 ルベウスの指が増え、さらに執拗な愛撫でこれ以上はもどかしいばかりだと頭を振って口を離し、肩に手を回すと心得たように足を抱え上げられ、熱で張った雄が容赦なく押し当てられそのまま貫いてきた。
 肩に歯を立てて思わず息を呑む。
「だから……ペースが速いって」
「余裕が無い」
 デキウスは悪態を吐きながらも笑いを漏らし、浅い息をしながらルベウスの顔を捉えて深く口付ける。
 隠しようもなく快感に染まった薄蒼の目が自分を見下ろしていて、それをようやく見た独占感に、快楽よりも深い満足感が湧き上がった。
 そして嫉妬や渇望よりも薄い穢れがやさしく舞い落ちてくる。


 二人は砂漠で乾いたものが水を求めるように何度もお互いを貪り、その代償で肉体的な深い眠りに落ち、目を醒ましたのは夜半だった。
 もちろんルベウスが石版を読む時間はなく、二人は体に残る甘い余韻のまま無言で身じまいを整え、聖櫃を持って神殿を後にしたが、それについて彼の苦情はなく、代わりに溢れるように満足げな微笑と共犯者めいた視線が交わされた。








 

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