デキウスの呼び出しは気まぐれで、いつも突然だ。もちろん入手した書物や用事に絡めてくることもあるが、大抵は個人的にどうでもいいことだ。
ルベウスがナハトメレクの庭で、 薔薇に似た雪白の花の群れの間に立って真珠をつむレジーナを見ていたときに、「暇なら来い」と囁きがあった。
「暇ではない」
と素っ気無く嘘をついたところで、彼は影から今の状況を知っている。影が密やかに笑い、眼帯の下の目に口付けられるような感覚を残して気配が消えた。 ルベウスは右目を手で覆い、溜息をつくとレジーナにデキウスの城へ出向いてくる旨を伝えて、四葉の翼を広げた。
アケロイディス山脈に近いデキウスの領内はうっすらと雪を纏っていた。黒を塗りつぶすほどではなく、闇を神として崇めた名残のテネブラエという名を持つ城は、いつものように荘厳な威容を誇っている。
結界を抜け、剥き出しのテラスに白く積もった雪の上に舞い降りると勝手知ったる様子で両手で背丈以上のガラスの扉を押し開く。
一瞬、暗さに慣れぬ目の錯覚かと思うほどの黒。
そして同時に圧倒的な花の香気が鼻腔を満たす。
珍しくデキウスがその黒の中に溶け込むように立っていた。彼の足元には闇ではなく、ヴェルヴェットのような重たげな花弁を持つ薔薇で埋め尽くされている。自然に咲くものではなく、摘まれ花だけが空間を埋め尽くす様は圧巻だった。
さすがにルベウスはその光景に目を瞠る。
デキウスが少し得意げに口端を上げ、気に入ったかというように斜めにルベウスを見た。
「漆黒の薔薇か」
気に入ったと息を一つ吐くと、身を屈めて一つを取り、香気を愉しむ。よく見れば、漆黒ではなくむしろ赤がどこまでも黒を纏ったような黒だった。重たげに重なった花弁が官能的だ。
デキウスがルベウスのうなじに手を廻し、力強く引き寄せ唇を重ねると、そのまま抱き込んで薔薇の褥へと笑いながら倒れこむ。重なった薔薇は二人の重さに押しつぶされ、いっそう強い香りを放った。
ルベウスを見上げながら「これの言葉は知ってるか」と尋ねたが、ルベウスが煩げに唇を塞いでくる。
「聞けよ」
デキウスが可笑しげに髪を摑んで顔を上げさせると、ルベウスはキスを中断させられた苛立ちか目を眇めた。
「知っている」
そういうと先ほど取った薔薇を掌の上にのせ、僅かな魔力を注いで紅が勝る黒の深紅に変えた。
「つまらん返礼だ」
そういってデキウスの口に花びらを押し込む。
「甘くないな」
デキウスは花びらを噛むとすぐに吐き出し、ルベウスの牙を求めるように舌を差し伸べた。
黒の薔薇の花言葉は【貴方はあくまで私のモノ】
黒赤色の薔薇は 【決して滅びることのない愛、永遠の愛】