黒と赤

【聖42】お題『わかりやすいけれど、わかりにくい』【R-18】

 デキウスは娼館でつるんでいる知り合いから、にやにやと笑いながら「で、ルベウスの接待は受けたのか」と尋ねられ、思わず眉を上げた。
「接待されるいわれはないが」
「随分と付き纏ってるじゃないか。頼めば一度ぐらい応じてもらえるんじゃないか?」
「だろうな。だが興味はない」
「多情のこだわり?」
 デキウスはその言葉に、確かにそうかもしれないと苦笑した。
「どうせなら簡単に手に入らないものを見てみたい」
「ゲームか」
「何とでも」
「惚れたとか似合わないからやめておけ?」
 悪友はそういうと、何故か少しばかり哀れむような目でデキウスの肩をぽんと叩いて離れていった。
 さすがにそれはないな、と新たに館に入ってきた顔見知りに合図して個室へと誘う。お互いを愉しみながら、いまこの腕の中にいる相手がルベウスではない理由を考えてみたが、それもすぐ快感の向こうに押しやられた。


 そのルベウスが下から薄蒼の目で己を見上げている。
 地上におりると寸暇を惜しんでお互いを求めるようになって、久しい。
 うち捨てられた神殿の奥で、外套を広げた間に合わせの褥に髪が乱れて広がり、呼吸で上下する胸は忙しない。内部を陵辱する熱と質量の不快さと、それが同時に生み出す快感に揺れる表情に目を奪われる。
 デキウスがゆっくりと身じろぐと、ルベウスが腕を掴む指先に力を入れた。その動きに応じてデキウスを締め上げてくる力が強くなる。
 息を継ぐように吐く吐息に混じる声が、どちらも濡れた。
 この渇望に似た高ぶりを秘めた眸が、デキウスの満足を刺激する。
 いつもこんな表情で閨房の仕事をしているのか、という馬鹿な疑問が頭を掠め、自嘲の笑みが浮かんだ。
 頭の中で全て計算し、理性的に切り分け、特に感情面においては他人の思惑など頓着しないルベウスが、その全てを崩し跡形もなく泥のようになる瞬間があるなら、それ以外のものはデキウスにとって色褪せたルベウスでしかない。それを覗き見たいだけなのか、そのルベウスが欲しいのか自分でもまだわからないが、とりあえずその一瞬を見るためにらしからぬ行動はしているだろう。
 肩に痛みを感じて、ルベウスが噛み付いたことに気付いた。
「物思いに耽る暇があるなら、やめるぞ」
 獰猛な眸。
 そして煽るように唇を舐める舌先。
「お前のことを考えていた」
 正直にデキウスが答えると、ルベウスが揶うように笑いながらも不機嫌な眼差しになる。
「娼館レベルの口説き文句か?」 
「口説きに聞こえるなら嬉しいものだ」
 ルベウスが眸を眇め、腰を揺らした。途端に微妙な快楽の均衡を保っていた天秤が大きく傾ぐ。こうなれば昇りつめるまで余裕は擦り切れていく一方だ。
 ルベウスの両手に指を絡めるようにして押し付けて唇を塞ぎ、肉と熱の生み出す蕩ける快感を追い詰めていく。キスの合間に嬌声が毀れ、デキウスの動きからさらに溶けた快楽を得ようとするルベウスの身体が撓る。
 ルベウスの体から立ち昇る花の香りが濃密になり、もっと求める言葉の代わりにデキウスの名を呼んだ。
 少なくともこの一瞬をデキウスはかなり気に入っていた。どんな感情であれルベウスが全身で自分を求める瞬間だ。そして更にその向こうにいるルベウスを見たいと思う。
 わかりすく、わかりづらい。
 ルベウスが何故自分を求めてくるのかその理由をいつか知ることもあるのかと思いながら、吐精して苦しいほどに締め上げてくるルベウスの中に熱を吐き、閃光のような快感と一気に落ちていく熱に沈みながら身体を重ねた。

 


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