黒と赤

お題:「代わりになるものなんてない」 ルーフェロの夜:6

 

①君のことならなんでも知りたい/②移り香にすらドキドキする/③代わりになるものなんてない


 文字通り寝台に倒れこむようにして眠りに落ちたのは覚えている。うつ伏せに寝たままの姿勢で目が覚めると、デキウスの夜会服の上着が背にかけられていた。まだすっきりとしない目で室内を見回すが、彼の姿は無い。
 自分のボウタイは緩めて抜き去られていたが、そのほかはシャツもベストも昨日のままだ。
 自分が見立てたデキウスの上着の肩あたりを両手でつまんで持ち上げ、女性にしなだれかかられてつけられたのであろう様々な香水の香りに苦笑したが、自分を覆っていた内側には彼の香りがした。
 彼自身の体の放つ香りと、夜会のために嗜む香水の香りだ。
 我知らず口角が上がって、気付かぬ程度に鼓動が早くなるが、そんなことはルベウス自身も知らない。
 上着を下ろして、その視線の先にデキウスがいることに眉を上げる。
 風呂にでも入っていたのか、濡れた髪を拭いながら部屋の入り口からこちらを見ていた。まだなかば夢の世界に浸って、髪は乱れシャツも皺だらけのルベウスと違い、新しいシャツに新しいベストを纏いすっきりとしている。
「お目覚めか」
「その様子だとそちらは、これからまたお愉しみか」
 ルベウスはやれやれというように笑いながら、持っていた上着をデキウスに放り投げると、彼は器用に空中でうけとめてそのまま寝台へとやってきた。
 側に腰かけ、結びかけのタイを結んでくれと言うようにルベウスに喉元を差し出す。それに応えてやりながら、風呂の香油の香りも新鮮なデキウスの顎にキスを一つした。続いてカフスを留めてやる。
「その上着は移り香だらけだぞ。別のものを着ていけ」
「そんなものを気にするような連中ではないがな。寂しくないように置いていこうか?」
 デキウスの揶う言葉に、ルベウスが肩をすくめる。
「お前の代わりにしては物足りないな」
 そう言って、耳にかかる髪を梳き上げて見えるイヤカフを舐めると
「今から欲しいと言ったら?」
 と悪戯げに甘く囁く。
「仰せのままに?」
 デキウスの面白がる返事に、ルベウスは身をひねって服装を整えたばかりのデキウスを寝台に抱き込んで乗り、邪魔だというように自分のベストを脱ぎ捨てた。
 見下ろす薄青の目が熱を帯びて細められ、口唇がつりあがる。
 デキウスは手のひらを上にして、来いよ、というように指先で招いた。

 デキウスは娼館の顔見知りたちの約束に遅れること3時間になったが、彼が纏ってきたかすかな花の香りに、何があったかと問いただす無粋もいなかったという。

 

代わりになるものなんてない