黒と赤

異国遊び(R18)

 

ご注意:こちらの作品は軽い性描写があります。

簡単な解説:地理についてはこちらへ

神々については、旧五神がエウシェン(現在の至高神)、双子の弟のルーフェロ(現在の魔界の王)、彼らの妹のグウェンドリン(月の女神)、原始の竜:ルートゥアン(現魔族の大公爵シャリート)、混沌の王アコールがおります。興味があればこちらへ

 


 きっかけはデキウスがファリムディナかサフォンに出かけたいと言い出したことだった。もともと同じ国だった両国は長い間対立してきたが、今は平和的な婚姻を経て、また交流が復活している。
 どちらも砂漠を含む東西に広がる国家で、どちらも大陸で有名な名馬の産地であり、彼らは家族以上に宝のように馬を大切にするのでなかなかその血統を内陸に持ち込むことができず、それゆえにこの土地の血を引く馬は純潔でなくとも王に献上できるほどの価値があった。

 普段引きこもってなにやら自分の興味に没頭している男にしては珍しいとルベウスも興味半分で同行したが、すぐにその砂漠の暑さに辟易して行動を共にするのを止めた。しばしの仮の住まいは城壁に護られたオアシスの都市のはずれにある廃城で、寝起きする場所さえあれば快適さや贅沢さなどあまり頓着しない二人には手ごろだった。
 廃城といえど緑豊かな中庭には水盤があって満々と水をたたえており、石造りの壁は日中の日差しを遮って外よりも冷やりとした深い影を作ったが、大気に満ちる熱せられ乾いた空気は北方に居城を持つ彼らにとっては、かなりうんざりさせられるものだった。

 デキウスはファリムディナに着くと寸暇を惜しむように出かけ、ルベウスは夜の間だけ滞在中の廃城から人けのない街や寺院へと出かけて、珍しい書を求めた。用事が終われば戻って来るだろうと、特に行き先を詮索するでもなく、自分は自分で普段手に入らない本を買い込んでは、仮の住まいの床に積み上げて没頭する悦楽を得ていた。
 魔力である程度の体温の調節ができるものの、そのためにまわすエネルギーと暑さのために無駄に削られていくエネルギーが馬鹿にならない。
 初期の魔界も決して快適ではなかったが、随分と安穏な環境に慣れてしまったものだとルベウスは苦笑しつつ、疲弊とまではいかないが気怠い日々を過ごしていた。


 少しでも熱を逃がすために、聖界を思い出させるような白のゆったりとした長衣を買い求め、持参した香を焚いて床に座し、グウェンドリンの名ではない月を崇める種族の者たちが記した古書を読む。
 この国の文字はルーフェロが古代に人間たちに与えた形から随分変形したものだったので知識がなく、独自に読解するまでに不眠不休で三日かかっていた。
 そのために買い集めた語学の歴史書まであるので、自分の周りはまた本の円座になっている。一昨日あたりから自分なりに書き写した翻訳を頼りに読み始め、また夢中になっていた。
 太陽の神はアシャ、月は太陽の別の顔でラージャスと呼ぶらしい。エウシェンとグウェンドリンの異伝承のようなものだ。だが同時に別の神としての面も持っている。
 では違う名前のほかの神々もいるのだろう、と異国の刺繍が美しいクッションに横臥したまま別の書に手を伸ばしたところで、外の熱気と遮断するために張った己の結界を通り抜けて来る気配に顔を上げた。
 昨日も書に夢中で眠らずに過ごし、一歩も外に出ないまま深夜の今に至るまでなにも口にしていないことに気付いたのは、顔を上げたときに軽いめまいがしたからだ。床にはデキウスが置いていったエネルギーのかわりとなる酒が置いてあったが、手付かずのままだった。
 その理由の一つに、市場で目に留めた水煙管のガラスの蒼さが余りに美しく、手元に一つ欲しいと買い求めたのだが、大陸の喫煙と違い花の香りやフルーツの香りも豊富で、それを切れ目なく試しているせいもある。

 

異国遊び

 

「随分と快適そうなところでおくつろぎだな」
 結界を通り抜け、扉代わりの紗幕を寄せてデキウスが入ってきた。ルベウスと同じように土地の白い長衣を纏っているが、褐色の肌はむしろこの土地に似合った。
 数週間前にここで別れた以来だ。外の気温相応に汗を滲ませているが、ルベウスほど暑さにうんざりしている様子も無い。
「外が不快すぎるだけだ」
 ルベウスは気怠げに言うと、手にした書の金文字のタイトルを眺め、違う、と別のものと交換した。
「良い種馬が手に入った。夜の絹のような黒い馬と、金のような白い馬だ。随分とふっかけられたが、金で解決できるなら何でもない」
「ほう。そのためだったか……」
 デキウスが所有するバイコーンに掛け合せるのか、新しい種を作るのかわからないが、いまさらながらにして彼の目的を知る自分に苦笑する。だがデキウスの嬉しげな表情を見れば、彼の納得できるものが手に入ったのだろう。
「煙草とは珍しいな」
 ルベウスの側に腰をおろし、寄こせ、と煙管を口にして吸い込み、眉間を寄せた。その様子が可笑しくてルベウスが忍び笑いを漏らす。
「なんだ、これは?」
「さあ……。持ってきた香に似ているが、ジャスミンとイランイラン、ローズのブレンドか?」
「新婚の花嫁をその気にさせる手合いのものか」
「あいにく花嫁はいないがな」
 デキウスが側に来たことで、外の暑さ相応に馴染んだ肌から発散する熱が、ルベウスの周りの温度をあげる。
「暑苦しいな……」
 ルベウスが僅かに非難めいた口調で言うと、デキウスは口端を上げてわざと熱を移すようにルベウスの背後から抱きしめた。
「そういうお前はやけに涼しそうなんだが。それにまた寝てないな?」
 痩せたと言うわけではないがエネルギーの落ち方は隠しようも無い。二の腕を掴まれると、普段から体温が低いルベウスはいっそうデキウスの手の熱さに迷惑そうに目を細める。
「そうしていると、昔を思い出させる」
 色彩の乏しい白っぽい部屋で、本を円座に並べて白の長衣を纏った姿は確かに出合った頃と既視感があった。ただしこれほどまでに暑くなく乾燥もしていなかったが。
 白い服、というだけでかとルベウスが笑うと、デキウスが腕を掴んだまま首筋へと鼻先を埋めてくる。
「そしてお前はやけに冷たくて気持ちがいいな」
「ならば暑苦しくなることはやめていただきたいものだ」
 素っ気無い台詞のわりに、気怠い忍び笑いが混じる。
「堕ちるからか?」
 デキウスが皮肉るような口調で聖界で何度もやりとりした言葉を口にして笑い、ルベウスをクッションしかない床へと押し倒して来る。

 やれやれと溜息をつきながらデキウスの背を撫で「これ以上暑くなるのは勘弁してくれ」と呟くと改めてデキウスを見上げた。
「そういうお前も見慣れぬ姿だ。いや懐かしい、のか……」
 ルベウスは指先で漆黒の髪に触れ、よく顔が見えるようにと後ろへ梳き流す。
「惚れ直すか? いい男だろう?」
 デキウスが顔を近づけ悪戯げに血赤の瞳の片方を細め、ルベウスは普段お互いの口の端にも上らぬその言葉に薄く笑うと
「さて、記憶にある男と違うが、確かめても?」
と囁いて目を半ば伏せてちらりと舌を覗かせる。
「目の前の男のほうが良い男に見えるな。どうしたものか」
 ルベウスは吟味するような視線でデキウスを見やり自分の唇を舐めた。
 デキウスの長衣の筋肉の張りのある胸元に二本の指先を落とし、その曲線を吟味するように肋骨から鳩尾、引き締まった腹筋へとじりじりと下ろしていく。
 脇腹近くまで入っている長衣のスリットに指を忍び込ませて汗にしっとりと濡れた素肌に触れ、また何食わぬ顔で外側に戻って来ると下肢の中心へと触れ、長衣の上から緩く円を描く様になぞった。
「聖界の白い種馬は、漆黒になったらしいな? お前の肌に白が似合うとは発見だ」
 秘密を打ち明けるように耳元で囁く言葉が、水煙管の花の吐息と、ルベウス本来の体から立ち上る香りが混じり、デキウスの五感を擽る。

 ルベウスの器用そうな指が長衣の作りを確かめるように、焦れったいほどゆっくりと胸元を肌蹴させ、先ほど辿った同じ道筋を唇が降りていく。
 時折、甘く噛むように吸い、痕を散らして自分を見下ろしているデキウスと視線を絡め、密かに笑みを交わしあう。
「暑いのは嫌なんだろう? それとも花嫁用の煙を吸いすぎたか?」
 下衣を寛がせていたルベウスは頭上で揶うデキウスの声に顔をあげ、艶然と見えるような笑みを滲ませた。
 この男は何故こういう顔をするのか、といつもデキウスは面白く眺める。
 誘うように、挑発するように、そして普段感じさせぬ熱を滲ませて。
「昔に惚れた男か確かめているだけだ」
 気怠げなゆっくりとした口調でルベウスが答える。
「存分に」
 デキウスは喉奥で笑うと、ルベウスの辿るキスの先を待っているというように足を開き、彼の手が熱をまさぐるのを許す。
 デキウスの熱がルベウスの白い頬を撫で、その熱さと張った硬さよりも腿の付け根から立ち上る香りにルベウスは一瞬目を瞠った。

 異郷の地でルーフェロの夜の記憶を擽る香気。

 デキウスがその時だけに帯びる香りだ。単なる遊び心だったのか悪戯なのかわからないが、その香りがルベウスの欲に火を点す。
 口が笑みの形に吊り上り、濡れた舌を存分に見せてから熱を横からじりじりと先端まで舐め上げる。そしてそれを含むのではなく、馴染みのある香りを確かめるように内腿に舌を這わせた。
 膝を立てさせて熱には触れず、腿の内側を膝まで丹念にくちづけていく。そして自分の指を含むとデキウスの後ろへと忍ばせようとして、その手を捉えられた。
「先にこっちだろう?」
 デキウスが笑い、床に置かれたまま手付かずだった酒を煽り、キスをしろと誘う。薄蒼の目を不満げに細めるルベウスの脇腹を掴んで抱き上げ、唇を重ねると、不満などどこにもない貪欲さで酒と舌を貪って来た。
 睡眠とエネルギーの不足が、本能的にデキウスの酒の味を求めているのだ。
 柔らかな舌が驚くほどの強引さと飢餓感を交えて、デキウスの口腔を犯して来る。血を混じらせるほどもなく、ルベウスの体から立ち昇る香りが濃くなり、体温が少し上がった。
 もっと寄こせという勢いで口中を舐めて牙を立てようとするルベウスに、デキウスが瓶を傾けて酒のいくらかを熱の中心へと滴らせると、せっかくの白の長衣を血のように汚したが、肌に散ったそれはルベウスの舌で丁寧に舐め取られ、待ち焦がれていた菓子を与えられた子供のような無邪気さで、酒に濡れた熱を含んだ。
 それを見ながらデキウスが笑いを漏らし、髪に指を差し入れる。
「淫猥な花嫁だ」
 口唇が立てる音も、たまに見上げる熱を帯びた双眸も、全てがデキウスを煽って来る。
 ルベウスの馴れた口淫は、愉しませろというよりも早くデキウスを追い上げて来る。

 そこまでだ、とまた髪を掴んで口を放させると、ルベウスは唾液と酒の混じった緋い糸を引きながら、デキウスを物欲しげに睨み返した。
「熱くなるのがお望みか?」
 とデキウスが揶う。
「惚れた男ならば得意なはずだ」
 ルベウスはようやく物柔らかに微笑すると、肩に両腕をまわし顔を傾けて唇が触れそうな距離まで身を寄せ、「欲しい」と声にならぬ囁きでそっと唇に伝えた。
 いつものようにデキウスのほうがすっかり脱がされているが、ルベウスの長衣の上からも彼の欲望が十分にその先を望んでいるのはわかる。
 そして毎度のように抱きたいのか抱かれたいのか、とお互いの隙を窺うのだが、今回はルベウスのほうが観念したように目を伏せて笑い、デキウスの首筋に顔を埋めて甘えるように舐め上げた。
「空腹で眠くて、お前が欲しい。順番を間違えるなよ?」
「御意」
 デキウスが満足げに答え、ルベウスの耳朶を軽く食むと、今度は純粋に長いキスを愉しむために唇を重ねた。長衣のスリットから手を差し込み、下衣だけをずらして、熱を注ぐ場所を探る。
 最初の指を埋め込むと、ルベウスの小さな牙がデキウスの舌を傷つけて少し身を捩った。違和感が苦痛なのではなく、先にある蕩ける熱を予感して甘い息を細く吐く。
 血に煽られたのか、愛撫に煽られたのか、花が綻ぶように香りが一気に濃厚になった。


 そうして夜が明けるまで外の暑さを思い出すこともなく、二人はどちらの汗かわからぬほど濡れてそのまま眠りに落ちた。

 異国の細い月が沈むまで。

 

 

 

 

 

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