黒と赤

勝利の美酒を!

柴さんへの誕生日に送ったイラストと短文です

レハイムと後日キャラ紹介をまとめたいと思っていますが、マハヴィル(通名ヴィーラ)という、亡国の王子を護る戦士です。ヴィーラたちも海のゾラという海賊まがいの一族に混じり、故国奪還の日がくるのを伏して待っています。

ヴィーラたちが国を失って海へと逃げることを選んだときに手を貸したのが、レハイムだったら話と人間関係が広がるね、という気軽ないつもの妄想からリンクしたキャラたちです(世界観共有バンザイ)

2人はよい?悪友になるだろうという想定のもと、できるだけ海賊的にゴージャスな画面にしようと描いた絵でしたv


 分が悪い、とレハイムは心の中で舌打ちした。
 宝を満載した商船を襲ったという海賊を襲撃したのだが、雑兵の数が予想以上に多い。レハイムたちは奇襲に長けた集団であって、数で押す戦いはできないのだ。
 物品を奪還し、納品するはずだった相手と持ち主に恩とともに高く売りつけてやるのが闇で捌くよりも長く儲かるのだが、今の勢力差では一部を掠め取れれば御の字だ。
 載せた荷物のせいで喫水線が上甲板近くまで上がっており、元々大型の船であったこともあり速度も落ちている。大砲などで攻撃すれば船もろとも沈めかねないので、船員を乗り移らせての白兵戦になったのだが、いくらレハイムたちが戦い慣れた強者とはいえ、絶対的な数の応戦に手こずっていた。
 この船の船長も船員も手練れの海賊というわけではない。むしろ襲撃を繰り返して、膨れ上がっただけの集団のようで、統率や船長への忠誠も見られない大雑把な戦い方だ。
 だが長引けばレハイムたちが体力的に不利なだけでなく、この船の噂を聞きつけて横取りを画策するライバルが現れる可能性も高くなる。負ける気はしないが、掌握できる可能性も薄いと頭のどこかで警鐘が鳴り響く。
 どこで撤退の合図を出すか、と思いながら目の前の10人以上はいる集団を睨み付ける。
「手を貸そうか、旦那?」
 波と剣戟の騒音をものともせずに、よく通る声が揶うようにレハイムの耳に届いた。振り返って誰かと確かめるまでもない聞き覚えのある声だ。戦いのさなかでも遠くまで響かせられる声の持ち主の知り合いなどそう沢山はいない。
 頭上を掠める攻撃を受け流しながら「そんなことを聞かずに……」と頭をすくめ、剣を振りかぶって無防備な敵の腹に痛烈な蹴りを叩き込んでから
「助太刀しやがれ!」
 と怒鳴る。蹴られた男は勢いよく後ろへと吹っ飛び、その開いた空間の背後に声の主がロープを使った振り子の勢いで降り立った。ちらと肩越しに振り返ると、視界の端に見慣れた船が併走している。
「6;4(ろくよん)かな」
 背後の声が面白そうに提案し、新たに襲ってきた敵を切り伏せる音がする。
「ふざけるんじゃねぇよ! どれだけ強欲なんだ?」
 レハイムは内心、ちらちらと目に入る男の剣の煌めきを頼もしく思いながらも、憎々しげに吐き捨てた。
「稼がないと腹を空かせた子供が二人いるもんでな」
「じゃあ子持ちのオッサンに同情して8:2(はちに)!」
「それだと寝返った方が儲かるかも?」
「くそっ、7:3(ななさん)以上は出せねぇぞ!!」
 レハイムが悪態を吐くように叫ぶと、空気が震えて透明な金属音のような耳鳴りを感じた。思わずとっさに甲板に腹をつけるようにして身を伏せるとほぼ同時に、大気を裂くような冷気の刃がレハイムを取り囲もうとしていた連中をなぎ倒す。氷の刃は驚くほどの切れ味で、敵の四肢を裂いて蒸気を上げた。絶叫を上げるのもつかのま、次々と甲板に倒れ伏す。
 この男は炎と氷の魔剣を操る。本来ならば反発し合う属性の剣をねじ伏せて両手に携え、物理的に切り裂くことのほうが得意なのだが、小隊程度なら戦闘不能に追いやる魔剣の威力はレハイムもよく知っている。いまの多勢に無勢な戦況では、神の助けのような力だ。
 レハイムの周辺には呻き声が満ち、もはや武器を手にとろうとする者はいない。
「上等、上等。気前の良い男は好きだぜ?」
 魔剣を揮った男が上機嫌の声を上げる。褐色の肌に白銀の髪というだけでも目を惹くが、砂漠の民が持つような湾曲した双剣と衣装がなんとも海に不似合いだ。
「ちったぁ加減とか、危ねぇぞとか、何とかいいやがれ! 俺までケガするだろうが、この狂戦士が!」
 レハイムは罵る言葉とは裏腹に楽しそうな声音で言うと、腹ばいだった姿勢から飛び跳ねるようにして立ち上がった。周辺ではまだ戦いの音が止まず仲間たちが応戦しているが、明らかに今の攻撃を見て士気を削がれており、自主的な撤収を選び始めた者もいる。
 この戦士の魔剣は一振りが強大な力を持つが、連発できるものでもない。あとは炎の剣の力が温存されているだけだ。それを使わねばならない場面は過ぎたという判断もあった。あとは己の剣術だけで乗り切れる自信もあるのだろう。男は船倉に降りるハッチを塞ぐように倒れた死体を爪先でつつきながら
「さて、お宝拝見と行こう。降伏するヤツはもらっていっていいな?」
 と問うた。
「売るなり奴隷にするなり好きにしろ」
 レハイムが気前よく答えると、男が船倉へと降りるハッチに手をかけるのを待っていたように、下に隠れていた連中が窮鼠猫を噛む勢いで飛び出してくる。それを駄々っ子を避けるような面倒くささを感じる動きでかわし、明らかに武器など持ち慣れてない相手を剣の柄や蹴りで撥ねのけた。降伏する連中は上甲板に上がらせ、抵抗する相手は切り伏せる。
 単純な選別を繰り返し、略奪品をおさめた部屋の前を護っていた番人を容赦なく倒そうとしたが、金で雇われている彼らはあっさりと降伏と恭順を示して鍵を渡してきた。
 二人は番人に扉を開かせ、壁にかかっていた発光魔石の入ったランプを真っ暗な部屋にかざす。
 上質のシルクや東方の鋼を使った武器、鎧、箱に収まりきらない金銀の宝飾品があふれ、床には金貨が砂同然にうずたかく散らばっている。さらにはその金貨に埋もれて、どこかの国の王冠までがあちこちに見えた。どれもランプの光をうけて、キラキラと輝く様子は眩いほどだ。一度や二度の蹴撃で得た戦利品ではなかろう。それとも誰かが奪ったものを違う誰かが奪うことを繰り返した結果なのか。
 どちらにせよ、劣勢に負けて撤退しなくてよかったと思うに値する成果だ。
 レハイムは思わず口笛を鳴らして傍らの男の肩を叩き、男は腹の底から陽気に笑った。
「話に聞く竜のねぐらみたいだな!」
「とっておきの酒を頭から浴びせてやるぜ、ヴィーラ!」
 二人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、奇声を上げながら勝利を喜び合うように抱擁を交わし、次にお互いに体へ拳をお見舞いした。
「我らに勝利の美酒を! シャリートの恵みに感謝を!」
 今夜は久しぶりに美味い酒が飲めそうだと、二人は肩を組んだまま財宝を目にしてとまらぬ笑いを続けた。