黒と赤

【魔10】 お題:『雨の日の約束』 【R-18】

デキウスは浅い眠りから目覚め、雨の音と湿気と些か下がった気温に気づいた。そういえばこの魔界でも雨が降るのだと気づいたのはまだ最近だ。それまでは自分以外のことに意識が向かなかったこともある。今までは朝なのか夜なのかさえわからなかった。
 雨のもたらす湿気は、さまざまな匂いを濃くして運んでくる。濡れた土、ルベウスが動けぬデキウスの目の慰みにと殺風景な室内に飾った花の香り、そしてルベウス自身の香りと、血と──精の匂い。
 デキウスの背に浴びせるための血は、いつも拭うほどもなく呑み込まれると聞いており、さらにはこぼれた血があったとしたらルベウスが几帳面に拭ったり寝具を変えるので、今その匂いがするのは理由がわからない。
 名を呼んでみたが応えはなかった。
 横に寝返りをうつと動ける範囲で、いつも寝台の傍らの床で眠っている場所を覗くと、血で汚れた長衣がぞんざいに脱ぎ捨ててあった。
 デキウスは顔を顰めて手を伸ばして指先でそれを引っ掛け、手繰り寄せる。背の傷は薄皮が突っ張るように悲鳴を上げたが、自分自身は呻き声を堪えられる程度だといっても、奥歯をきつく噛み締めた。
 手元に引き寄せられたのはまだ濡れた重さの残る長衣で、ルベウスは夜着がわりに纏っているものだ。不穏なほどの量で胸元から腹にかけてじっとりと汚れている。
 そしてそこからまごうことなき精の匂いもした。
 いったい何が起こってこういうものが脱ぎ捨てられているのか、と思いつつもまだ濡れている布に唇をつけて、その香りを深く体内へいれると血よりも精の匂いに理性がくらむ。傷と体力が回復するにつれ、デキウスの中で痛みとは違うものが占めているとすればこの性的な欲望だった。ルベウスを煽って燻った熱を放たせることもあるが、それよりも自分で彼に触れて感じたい渇望が募る。
 頭をもたげる欲望に、暫くは自分で慰めることすらできなかったが、最近はようやく自身の熱を手にして放つ程度はできる。それにも快感の極みには残酷なほどの背の痛みが伴って、痛みなのか吐精の喘ぎなのかわからない声を漏らさずにはいられなかったのだが。
 今手にしているルベウスの花を思わせる体臭と、血と、精の交じり合ったものなど、己の手の中にあればどうなるか知れている。現にもう反対の手はほとんど無意識におのれの下腹部へと降りていた。

 
 次第に乱れる息と痛みを堪えるように声を漏らし、熱を握った手を激しく上下させる。
 そこに物音と気配がして、熱に浮かされた顔を上げた。
 濡れた髪を拭いながら、ルベウスがこちらを見て軽く目を瞠っている。
 デキウスは手を止めることなくニヤリと嗤い、「お前のを見損ねたようだな」と血と精で汚れたルベウスの長衣を掲げて見せた。
 ルベウスは苦笑すると
「この時間に目を醒ますとは誤算だった」
 と言いながら、寝台に近づいて膝を乗せる。
 そしてそのままデキウスの手に触れて止めさせると、面白い提案があるとでもいうように悪戯げな笑みを薄く唇に浮かべたので、デキウスも不承不承ではあるが、昂ぶっている己から手を放した。
 痛みの苦情は聞かぬとでもいうようにデキウスは上体を起こされて呻き、ルベウスは枕とヘッドボードの隙間に身を入れると、開いた足の間にデキウスを背後から抱く形にした。
 音を聞かせるように、耳にキスをする。そしてサイドテーブルに手を伸ばしてナイフを取ると、慎重に刃を潜り込ませてデキウスの夜着の背を裂いた。
 デキウスは怪訝な顔で首を捻ってルベウスを見ようとするが、異を唱えることも抵抗することもない。ルベウスはこちらに向けられた唇の端にキスをしながら、己のローブの鎖骨の間から鳩尾辺りまでナイフを滑らせて血の滲むほど皮膚を裂くと、そのままデキウスを抱き寄せて背とルベウスの胸の傷をぴったりと重ねた。温かな血が直接傷から傷へと滲み始める。
 そして手をデキウスの熱へと這わせて、置き去りにされていた欲望を掴むと、デキウスが少し甘えたように喉を鳴らした。
「これは……いいな。いつもこうでもいいぞ」
「愚か者めが。血で汚れたものをベッドに持ち込むから、全部変えねばならん」
 ルベウスは柔らかに耳元で叱責すると、デキウスの熱の先端から濡れるものを親指の腹で緩く塗り伸ばした。一番敏感な部分だけを焦れったいほど弄られ、吐精したい感覚だけが膨れ上がる。
 長く屹立した状態を愉しむにはいいが、今はひたすらもどかしい。
 デキウスは自らも手を伸ばして熱に触れようとして、ルベウスに耳元でやんわりと制止され、耳朶を甘く噛まれた。腰にルベウスの高まりつつある熱を感じる。
「そこに触れて欲しいのか?」
「中を満たさないなら、さっさといかせろ」
 デキウスは吐精に至らぬ快感ばかりが煽られる状況に眉を寄せ、吐き棄てるように次の快楽を求めた。
「お前の中に入ると、お前がまたしばし目覚めないからな……」
 明らかに面白がる口調のルベウスに、デキウスは不服を伝えるために自分を挟むように立てられた膝に爪を立てた。
「挿れろと言っている」
「横柄な」
 ルベウスの忍び笑いが耳元をかすめ、熱を握っていないほうの指が二本、デキウスの唇を割って口中に潜り込んだ。骨格を感じられる固い指が、舌を戯れに軽く押さえたり柔らかな内頬を蹂躙する。デキウスは口端から唾液が滴るのも構わずに夢中で音を立てて舐め、歯を立てた。
 熱を愛撫する手は、相変わらず先端の柔らかな場所だけしか触れてこない。
 快感だけが膨張し、精を吐く感覚だけが焦れてこないのは正気が焼け付きそうだ。
 ルベウスの指が口腔から引き抜かれて、熱を受け入れるための場所を丁寧に優しく穿ってくるのさえもどかしい。
 感じる場所を知り尽くしているお互いだからこそができる触れ方で、ルベウスはデキウスの熱と連動する内側に指を滑らせた。
 溜息と濡れた声が一緒になった嬌声が吐き出され、腰が貪欲に揺れる。
 そして同時に痛みが貫き、明らかに苦痛の混じった声が引き続き毀れた。
 早くしろ、と喘ぎながら懇願するデキウスを抱いてそれ以上の負担にならぬよう横たえてから、胸に手を回して身体を支えて己の熱で双丘を貫いた。
 熱と固さを待っていた肉が、絞り上げるようにルベウスを捉える。
「少し力を抜け……」
 デキウスは腕をあげることも、抱き縋れるものがないのも頼りなく、血と精で染まったルベウスの長衣を乱暴に抱え込んで、声を押し殺すように噛む。
 ルベウスの動きは緩慢で、明らかに自分の快感よりもデキウスのそれと吐精の瞬間を計っているようだった。そんな配慮をされるのが口惜しいが、それよりも先に頭がどうかなりそうな行き場のない快感を放ちたい。
 それを承知してルベウスの手はやっとデキウスの熱の先端から楔へと降りて握りこみ、デキウスの待ち焦がれた愛撫を強く与えて最後の頂へと押しやった。
 身を震わせ、吼えるような嬌声をルベウスの長衣に押し付けて果てるのと、耐え難い痛みが背から全身を貫くのが同時だった。

 なんとか気絶するのは免れたが、ルベウスが達しないまま自身を引き抜いてデキウスが放ったものを汚れた長衣で簡単に拭い、さらに清潔な手拭で丁寧に清め、その後寝具を手際よく交換する作業を始めても、横臥したまま浅く速い呼吸で痛みが鎮まるのを待っているだけだった。
 やがてすっかり新しく清潔な寝具になり、デキウスの裂かれた夜着も着替えさせられ、血で汚れていたルベウスの長衣も片付けられた。
 片手で頭を支えてデキウスの顔が見えるように身を横たえ、憔悴しているものの意識のある様子に微笑しつつ、軽く腕を撫でた。
「理由を──」
 少し枯れた声でデキウスがルベウスの間近な顔を見上げて呟く。
「なんの?」
「血の」
「たまにある。以前ほど頻繁でも、不調なわけでもない。聖界にいた時と同じようなものだ。案ずるな」
 淡々と説明する様子に、嘘はなさそうだ。
 確かに嘘はないが、血を吐く理由ではない。
「また何か溜め込んでいるんだろう……」
 抗えない闇の眠りが押し寄せてくるのを感じて、最後にルベウスの絹の長衣の袖を掴んだ。
 ここにいろ、と声にならない唇が動く。
 ルベウスはその様子を見つめながら眉を上げて苦笑し、頭を支える腕が痺れるまでデキウスの顔を眺めることを愉しみ、やがて身を起こすと頬に唇をつけて腰に緩く手を廻して束の間の眠りの共をするように目を伏せた。


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