デキウスの翼は美しい。そう一言で言ってしまうと惜しいのだが、何かに例えるよりもそのシンプルな言葉が一番相応しかった。
大きな翼を持つものは他にもいるが、戦天使としての力強さと左右に広げた時の荘厳さは、さながら地上の宗教画家の描く上級天使のようでもあった。
淡く蒼く光るように見える一対の白さがルベウスの目前にある。
討伐中や移動のためでなく、その翼を観察することは滅多とない。しかも、そのどちらのために出されたものでもなかった。
ルベウスの薄暗い自室からすれば、眩しいほどの白さに薄蒼の眸を瞬く。
ルベウスは怪訝さと困惑と、沁みついている翼に対する禁忌の感覚に一歩退いた。聖界では相手の肉体に触れることは最大限の無礼だが、翼となると禁忌に近い。特に翼が生じる肉体とアストラルの境目は、急所といえるほどの鋭敏さがあるので、本能的に嫌がるものが殆どだ。
なのにこの男は翼に触れてくれと言う。
初対面でいきなり頬の血を拭うという、肉体に触れる無礼をやってから、デキウスのどこまでも奔放な面はいくつも見てきたが、今回はさすがにルベウスもその発想に眩暈がした。
試すような笑みを浮かべて、デキウスがルベウスを壁と腕の間の空間に追い詰める。
「素直な感想から聞こうか?」
「頭がおかしいとしか思えない」
ルベウスが薄蒼の眸で不機嫌に間近なデキウスを睨む。
「よく言われるな」
デキウスは喉で笑うと、頭を傾けてキスできそうな距離まで顔を近づけた。
「お前の感覚でどうだ? 粗末か? 醜いか?」
ルベウスは鼻先で冷たく嗤うことで、全てを否定した。その顎を取って唇を寄せる。
「お前はいつも全てを欲しがるだろう? その一部と何が違う?」
「詭弁だな」
ルベウスは苦笑すると、翼が広がって作る影を見上げる。窓からの光を背後から受けているせいで透けて幻想的だ。
「お前はここじゃない感じる場所を得たいだけだろう?」
ここ、とデキウスの局部をつかむと、舌先で唇をゆっくり舐めた。
「翼の付け根ばかりは、自分で開発もできぬだろう?」
否定しない笑いに、ルベウスは眉を上げつつも、手の中の熱が反応してくる様子に口端を上げる。壁に追い詰められているのをいいことに、腰を抱き寄せて腿でさらに強く擦りあげて煽った。
「そこじゃない」
デキウスが眉を寄せて苦情めいた言葉を吐くが、やめろとは言わない。
そのかわりルベウスの身体を自由を奪うように翼で抱いた。
衣擦れににた羽の触れる音に軽く瞠目し、胸から下腹部まで密着した相手の顔を覗き込む。
「お前のアストラルの熱が――」
ルベウスはそう言うと、己の下肢を押し付けて肩に額をつけた。
「流れ込むか」
「らしい……」
「それは面白い」
困惑するルベウスに、デキウスの口角が上がる。
「いつも翻弄されるお前を翻弄できるのは、いい眺めだ」
そう囁くと、返事の代わりにルベウスの小さな牙が抗議するように首に立てられた。