黒と赤

【魔03】 お題『そうやってまたいなくなるんだね』

昏々と眠り続けるデキウスに身を屈め、指の関節で撫でるように頬に触れる。いつもの調子ならまた数日目を醒まさないだろう。
 熱を交わすことはできないが、好きなだけデキウスを眺め、内に湧き上がる禁忌とされた感情と戦うことも無い日々は穏やかだ。

堕天当初は懇々と眠り続けるデキウスの背中に手を触れさせて、ゆるゆるとエネルギーを分け与えていた。だがある時、目を醒ましたデキウスからキスをしてくれと言われ、こんな状態でよくもそんな気分に意識が行くものだと苦笑したのだが、彼に言わせると触れてエネルギーを分け与えられるよりも、唾液が、それよりもさらに血や体液はもっと効果が濃い。

ヴァンパイアがエナジーとして血を好むのと理由は似ている。もっともそんなことは聖族では禁忌の中の禁忌で、肉を纏った体に触れることが最大の非礼だったが、そのことに関してはもう幾度となく越えた二人だった。

特にルベウスの血は古の竜の体内で育つ紅玉が誕生の由来なので、智恵と力と生命そのものが石になった存在であり、そして五神の一柱であるシャリートはその王であり、ルベウスの庇護者であり、同じ魔界にいるということは血の力がより活性化されることを意味する。それを傷の治療に使えるならば、どんな薬草や呪文よりも効き目があるというものだ。
 それでもエネルギーを分け与え、血を媒介とする接触をすれば嫌がおうでもルベウスに更なる欲望を刺激した。発散ならばどうとでもなるが、デキウスを欲する気持ちばかりは宥めようがない。
 きりがない、と指を離して額にキスを落しさらに瞼に軽くふれて身を起こすと、背をむけて使っていない寝椅子にかけたままの上着を手に取った。
 袖を通し皺を整え釦をかけていくことで気持ちを切り替える。
 翼を具現化し、テラスへと足を踏み出しかけ、気配にまさかと振り返った。
 痛みに目を眇めるのが身についてしまった表情に微笑をのせたデキウスと視線が合う。
「そうやってまた行くんだな……」
「次に目を醒ますまでに戻って来るつもりだった」
「ああ」
 そうだろうな、という言葉とともに苦笑が滲む。デキウスはこの旧友の律儀すぎる性格を知っている。自分がこのような状態で彼がいかにあらゆる神経を配っているかも。

ルベウスは寝台に戻るとまた身を屈め、頬に手を添えてデキウスの唇にくちづけた。翼が広がったままなので、それがまるで艶やかな漆黒の天蓋のようだ。傷に触らぬよう、殆ど触れて舐めるだけのキスだったが、ゆっくりと長い時間をかけた。
「戻ったら血をやる」
「それもいいが……」
 とデキウスの視線が逸れたのを気遣い、いっそう顔を近づけて目を覗き込む。
「それに触れてみたい」
 それ、と翼を見ていることに気付き、手も上がらぬくせに、とルベウスは苦笑したが、失ったものに対する懐かしさでもあるのだろうかと少し複雑な気持ちが心を撫でる。
「闇色の翼は――俺に馴染む」
 デキウスはそう呟いて笑うと、もう行けというようにまた目を伏せた。

ルベウスは何も答えぬままデキウスの目尻に唇をつけて名残惜しげな別れの言葉代わりにすると、身を起こしたあとは二度と振り返らず、バルコニーから力強く舞い上がって二対の黒翼で瞬く間に空へと消えた。

その背をデキウスの真紅の眼差しが見送ったことを知らずに。

 

 


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