黒と赤

【魔04】 お題『うるさい、わかってるくせに』

 ルベウスは左腕の袖を捲り上げると、無表情に皮膚にナイフを押し当てて手首から肘に内側にかけて裂き、溢れ出た鮮血をデキウスの背の深い傷へと滴らせた。
 まるでそこが生き物のように血が飲み込まれて行き、一滴の赤も残らないので寝台を汚すこともない。
 本当ならばデキウスが目を醒まして血を与える時間だったが、意識を取り戻す様子がなく、いつものようにキスからの多少の血や背に触れてエネルギーを流し込むよりも、直接的な手段に出た。
 目を醒ませば痛みに喘ぐことになるのだから、眠れるならばそれにこしたことはないのだが、つかの間の言葉を交わす楽しみもない。
 切り裂いた傷が再生して血の溢れる量が減るたびにもう一度傷つけ、それを何度か繰り返してようやく十分だろうと判断した。
 傷跡は残っていないが、血が伝って流れた跡は幾重にも筋としてべったりと残っているのを見て、舌で舐めかけて苦笑した。
 自分の血を舐め取りたい欲望は無い。
 洗い流すしかあるまいと寝台から立ちかけたとき、「待て……」と掠れた声がした。
 振り返るまでもなく、デキウスが眠りの呪縛からひととき逃れたのがわかって、また腰を下ろして身を屈め顔を覗き込む。
「血の匂いがする……そんな時間か」
 デキウスが目を伏せたまま、溜息混じりに呟いた。
「ああ、お前の傷が底なしのように呑んだ」
 ルベウスは静かな笑みを浮かべて、顔にかかる髪をかき上げてやる。
「それは惜しいことをした」
 自分の間近にあるルベウスの腕に目をやり、血の流れたあとに視線を留めると、それを舐めさせろというように口を開いた。
 ならば、と新たに手首に傷を作り、デキウスの唇におしあてる。
 血を嚥下して動く喉を見ながら目を細め、滲み湧き出すような欲望を感じた。
 手首の傷がふさがるまで堪能させると、その血に濡れたデキウスの口唇を塞ぐ。
 自分の血なので酔うことはないが、それでもデキウスの口中から舐め取るという快楽がある。
 深く口内を犯し、頬から髪へと指を滑らせて静かに、だが狂おしいように顔を抱き寄せると、デキウスの嬌声ではない声が漏れて我に返った。
 気遣わしげに顔を覗き込むルベウスに、デキウスは「大丈夫だ」と、そうは見えない苦笑をそえて返した。
「お互い歯がゆいな。欲しいならいいぞ?」
 デキウスがいつも視線を放せなくなる、ルベウスの欲望に高揚し始めた双眸を残念そうに眺める。
「怪我人相手にそこまで非情ではない」
「挿れるつもりか、ルベウス殿は。それは酷い」
 デキウスは少しばかりの声を立てて笑ったが、それも傷に触るようですぐに目を眇めた。
「発散は仕事相手か、それとも一人か?」
 精一杯の揶揄う口調でそういうと、深く溜息を吐いて目を伏せた。また深い眠りに引き込まれていくのがわかる。ルベウスはデキウスが楽な姿勢を取れるように枕をそっと少し動かし
「うるさい、わかってるくせに……」
 と耳元で低く囁いて耳朶を軽く噛んだ。
 デキウスの口許にかすかな笑みが浮かぶ。 
 それを見られないとは残念だ、とでも言うように。

 


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