黒と赤

聖31 略奪愛(ぬるめのお題059)

 旧神達が快楽に耽る豊穣の女神の館ではデキウスのように一時の相手を探す者もいれば、対となる者を求めて通う者もいる。
 相手の認識が食い違う場合に起こる縺れもそれなりの数があるようで、下級の者に特に多いように思えた。
 デキウスは娼館のようなこの場に初めて足を踏み入れた時から一夜限りの相手しか求めていなかったし、フィディウスからの小言が主の面倒事に巻き込まれないよう相手もそのつもりの者を選んでいたが、複数で楽しんでいる場合その限りでない者も紛れ込んでいる事がある。
 面倒くさい。
 そんな感想しか持てない事態が繰り広げられ、うんざりした顔で目の前にいる二人に溜め息を漏らす。
 いつだったかも覚えていないがデキウスと寝たパートナーがそれ以来自分を蔑ろにしていると訴えてくる男と、熱に浮かされたような目で自分に愛を訴えてくる男に囲まれて頭を抱えたくなった。
 ありもしない討伐任務を理由に何とか撒いてきたが、暫く館には通わない方が良いかと一人ごちる。
 ルベウスとの関係が深まって以来通う頻度もかなり減っていた為、大した痛手でもなかったが。
 通い慣れたルベウスの塒の扉を開けると丁度本の整理をしているようだった。
 別段手伝う訳でもなく櫃に腰を下ろすとルベウスの動きを目で追っていく。
「……」
「何か話したいことがあるんじゃないのか」
 暫くしても何も言ってこないデキウスに書庫から目を外さずルベウスが問う。
 お見通しかという顔で豊穣の館の出来事を話すが、ルベウスの視線は書庫から動かないまま整理を続けている。
 下らない話だと呆れているのだろうか。
「向こうにしてみれば俺が恋人を奪ったとでも思っているんだろうな。名も知らぬというのに」
 溜息をつきながらおどけたような口調で言うと、ルベウスは平坦な声色で呟く。
「……それはお前が奪ったというより繋がりが薄かっただけの話だろう」
「まぁそうなんだが。そう思いたくないらしい」
 肩を竦めて一通りの整理が終わったらしいルベウスを招きよせ、今ではすっかり腕に馴染んだ身体を抱きしめた。
 軽く許可を取るように一瞬額に触れ、ゆっくりと瞼や鼻筋、唇へと口付けていくとルベウスもまた口付けを返す。
 舌を傷つけぬよう慎重に探り、上顎をなぞられるとぞくりとした快感が走った。
 濡れた唇を離し、ふと悪戯を思いついたかのような顔でルベウスをじっと見つめる。
「俺が誰かに奪われたらどう思う?」
 考える間をキスで塞ぎ、背に回した腕を腰から尻へと滑らせ撫でていく。
 聖界では交わらぬと言ってはいても、こうして身体を触れ合わせる事は止められそうも無かった。
 その感触にルベウスがかすかに身をよじるが嫌がる素振りは見せずに腕を首へ回してくる。
「戻ってくると分かっている相手を略奪されたとは言わない」
「……は、確かにそうだな」
 ルベウスの明確な答えにデキウスは満足げに笑い、服の上からまさぐる手を再開していった。

 

 

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