黒と赤

【魔08】 代わりになるもの 【R-18】

主人にデキウスの回復具合を尋ねられ、闇に回復を任せて眠り続けていること、血を与えていること、傷口が癒えないことなどを話した。腐食性の穢れの嚢胞が傷の中に残っている可能性や、いくつか思い当たることを対処のアドバイスとしてもらったが、最後に「怪我人相手の快楽は、手加減したほうが治りが早いと思うぞ」と含み笑いをされ、さすがにルベウスは失笑した。
 主人にあからさまに二人の関係を指摘されたことは無いが、こういう言われ方をするのは自分がデキウスの回復を妨げている部分があるということだろう。
「気晴らしになるとは思えぬが、娼館で散らせるものもあろう」
 主人にそう言われ、ルベウスは確かにと肩をすくめた。

 ルベウスにとって相変わらず仕事で同衾する相手は仕事に過ぎず、そこで感じる肉体的快楽に意味はなかったし、それで気分がどうこうするものでもない。 だがデキウス相手となると、目の前に手の届く距離にいて触れてはならない状況が地味にストレスになるのだ。しかも血を与え、裸体を清め、意識の有無に関わらず抱いて姿勢を変えさせる。そんな接触が性的な欲求を押し上げるのだった。
 なのでデキウスが目覚めているときは彼がかまわないという言葉につい我を忘れる。そして結果は容態の数日の悪化だ。

 主人の言葉にそれも策かと、溜息を吐いて貴族相手の高級娼館を訪れてみたが、居合わせた誰もがルベウスの姿を見て瞠目し、何の政治的駆け引きに使われるのかとさざめいた。
 相手は男でも女でも良かったが、どこかデキウスを思わせる褐色の肌と黒髪の男性を呼び、相手が客を満足させようとあれこれ手練手管を発揮し始める前に追い出し、次に聖界時代のデキウスを思わせる銀髪の男を指名したが、これも抱く前にここに来た目的すらうんざりして、館を出た。
 残ったのはどうにも気持ちの沈む倦怠感と、諦念だけだった。

 絶壁に建つサンギナリア城に戻り、黒の天鵞絨の上着を脱いで自室の寝椅子に放り投げる。続き部屋の寝室へ足を運び、いつものように寝台に腰掛けると、眠るデキウスの黒い髪を指先でかきあげ、彼が意識の無い間に穿ったピアスを見た。
 赤の中に青が炎のように現れては消えていく自分の魔力を封じ込めたピアスで、ルベウスが不在の間にデキウスへとエネルギーを送り込でいる。
 ルベウスの火炎と雷撃そのものを封じ込めたガラスなのだが、稀有な宝石のように美しいというものもいるだろう。ルベウス本人は装飾品としてはいたく不足に思っていたが、デキウスにエネルギーを注ぐという目的は果たしているのでとりあえず合格としていた。
 先日の嚢胞を抉った以来、ピアスから流れ込むエネルギーの速さは落ちており、力を失うと色あせるピアスはまだ鮮やかなままだ。確実にデキウスが回復しているという証でもあり、それがルベウスの表情を少し和らげた。
 娼館で出来の悪い模造品を見ているよりもよほど心が落ち着く。
 あれは良い解決法ではないな、と苦笑を滲ませながらデキウスの髪を梳いた。聖界時代に、娼館に行きながら自分のところへ改めてやってくるデキウスによく呆れたものだが、今なら多少気持ちがわからないでもない。

 代わりはないのだ。

 身を屈めてこめかみにくちづけようとして、デキウスの睫が瞬き、傍らのルベウスに不思議そうな視線を投げる。
「――一瞬自分がどこにいるかと思った」
「夢でも見てたか」
「嗅ぎなれた匂いがした」
 娼館の、と続いたのでルベウスが片方の眉を上げる。
「お前からか?」
 デキウスが意外そうにルベウスの顔を見つめ、やがてニヤリと笑った。見透かされたようで、ルベウスの目が不機嫌に細められる。誰を抱いたわけではなかったので気にしていなかったが、娼館の匂いとは迂闊だった。館に立ち込める香の匂いは確かにある。
「俺の代わりになるようなのはいたか?」
「代わりなど、いるわけなかろう?」
 ルベウスは苛々と答えたが、その言葉にデキウスの笑みが揶うものから満足げな深さに変わる。
「お前が抗えない誰かに勧められたな」
 デキウスは笑いながら重たげに腕を上げて、ルベウスの少し冷たい頬を撫でる。
 腕をそうやって上げるだけでも背に激痛が走るであろうに、満足げな微笑は変わらなかった。
「傷などいつか癒える。俺はお前としたい」
 不機嫌に細められていたルベウスの双眸が、撫でられる頬の感触を味わうようにやがて伏せられ、口唇の端が僅かに上がる。デキウスの手を取ると、その褐色の手の甲にそっとくちづけた。
「いつも手加減ができなくなるから、誘うな……」
「加減だって?」
 笑いを含む声と共に、ルベウスの唇を撫で、歯列を割って指を差し入れる。
二本の指で舌と口蓋を愛撫すると、ルベウスは軽く歯を立てながらそれを丁寧にと言うよりも、求めるように舌を絡めて舐める。
「そんな舐め方をするなら、むしろこちらだろう?」
 デキウスの視線が下肢へと流れ、ルベウスが苦笑して躊躇した。
「もう一度言わせるか?」
 デキウスが唾液で濡れたルベウスの唇を撫でる。
 ルベウスはようやく身を乗り出すと、デキウスに深いキスをひとつ与え、デキウスの熱へと頭を下ろしていった。

 眠る相手を眺めて過ごす充足は、身で覚えた満足にかなわない。

 苦痛と快感の混じった声を吐き続けるデキウスに、ルベウスは「許せ」と囁くと、言葉とは裏腹に容赦なく熱で貫いた。

 ルベウスを抱くために廻した腕のせいで、背中の治りかけていた薄膜が裂けて血が滲む。その香りにルベウスの高揚が煽られ、抽挿がいっそう激しくなる。

 殆ど苦痛にしか思えない声の下から、デキウスが言葉を絞り出す。

 ――それでもお前がいい、と。
 ルベウスはその言葉に応えるべく、名を囁いた。

 何度も、何度も。
 熱と狂おしさをこめて。


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