黒と赤

【魔05】 お題「何を贈ったら喜ぶだろうか」【R18】

そろそろ時間ですので、と辞去の挨拶をするルベウスをシャリートが呼び止める。彼の言う時間とは、深手を負ったデキウスが目覚める時間が来ると同じ意味であると知っていたが、敢えて引き止めた。
「こちらの近くに居城を移すつもりはないのか?」
「少なくとも今しばらくはお許しください」
 デキウスが動けぬのでとは言わない。もしシャリートがその理由を追求すれば、おそらく違う理由をもっともらしくさも重大なように説明するのだろう。 可愛げがない、と内心苦笑する。ここで友人の容態でも説明して主人である自分の力を利用し、回復にあてさせるだけの権利がルベウスにはあるというのに、そうしない男なのだ。それだけ彼にとってデキウスという存在は特別なのだろう。
 だからシャリートはルベウスをことさら気に入ってもいる。子飼いの部下は大勢おり、誰もが主人を第一の存在として崇め、厚い忠義で仕えるが、彼らは常に自分が子飼いの中でどのあたりで優遇されているかを気に留め、あるいはその地位にあった利を最大限に使う。それが魔貴族たるものでもあった。
 そんな彼らから見れば、ルベウスは驚くほど欲と執着するものが無い。

 あるとすれば、いま辞去する理由ぐらいだ。だからつまらなく、可愛げがなく、そして愛しい。
「ではあれを与える。何かと役に立とう」
 シャリートは窓の外を見ろというように手先を翻した。
 ルベウスが窓辺に寄り、広い中庭の中央に繋がれた竜に目を瞠る。鱗の一枚一枚が血濡れたように赤く、ガーネットのように深い赤で煌くスヴァローグ(翼竜)だ。翼の骨が途中で枝分かれしてさらに三つに広がる特殊な形状の翼をもっていた。ミスリルの轡と、大人が二人は乗れようかと言う鞍がついている。
「眷属、といえば聞こえが良いが聖戦以前にとうに堕ちていた神の端くれだ。冥界にいた若い固体を連れ帰った。数百年もすれば意思疎通できるだろうが、今はせいぜいが移動手段の従順なペットのようなものだな」
 何か言おうとするルベウスを手で制する。
「私はあれを厄介払いしたのだ。炎の属性なので相性が今一つ悪い」
 シャリートの微笑に、ルベウスは深く頭を垂れた。
「ご厚情、深謝いたします」
「まだ名で縛っておらぬ。血と名を与えてやるがよい。魔界を探索する共とせよ」
 言外に翼を失ったデキウスに対する配慮にさらに頭を下げる。
「これでお前の城が遠いという口実を奪ってやったのだがな」
 シャリートはそう言うと、ルベウスの髪を愛しげに混ぜるように撫でて、その一房を掴んで顔を自分に向けさせた。
 魔界に下った影響で黄金に変わっていたはずの双眸が、魔力で装っているアメジストでルベウスを見つめる。
 キスでもするかのうように顔を傾けて近寄せ、黒布に覆われたルベウスの右目に指先で軽く触れた。
「何も強請らぬ愛しい子に、何を贈ったら喜ぶかという楽しみぐらい私に与えよ、ルベウス」
 そして労わるようにその布の上からくちづけを一つ落した。

 翼竜はシャリートに命じられていたのか驚くほど従順で、ルベウスを背の鞍に乗せて血の城の意味を持つサンギナリアの居城へと力強く飛んだ。辺境にある城でも竜の翼ならば半分で済む。
 絶壁の城の上空を旋回させ、ルベウスは自らも翼を広げてデキウスの寝室のテラスへと降り立った。
 闇の護る薄暗い寝台へと進んで腰をおろすと、まだ眠りにいるデキウスを確かめて指の関節でそっと頬を撫でる。
 黒い髪、眼窩に落ちる睫の影、褐色の肌、どれも見慣れたと思うが、それでもまだ時々見知らぬ他人のような不思議な感じがする。口に浮かぶ笑みも放つ気も、親しんだそれに違いないのだが、以前よりも触れて確かめたいと言う気持ちがどうしても出た。
 頬骨を撫で、耳から顎の線を辿り、そこから喉の男性らしい突起に触れる。 さらに身を屈めて唇を舌先でそっと舐めたところで、髪に触れる手があった。
「俺を起こす儀式か?」
「お前が誰か確かめている」
 ルベウスは視線を上げて間近な赤い瞳に微笑むと、甘く唇を吸って目覚めの挨拶代わりにする。
「我が君からお前の翼にと、竜を賜った」
「田舎に引きこもるなと?」
 デキウスが起こせ、というようにルベウスの背に手を廻し、ルベウスは腰と頭を支えて座れるように上体を起こしてやった。痛むものの最近はベッドで座っていられる時間が増え、室内程度ならば手を貸して多少歩くこともできる。
 退屈だと言い出すのも遠くなかろう。その時に翼竜で散策するのも悪くあるまい。
「深紅の若いスヴァローグだ。美しい。お前が名をつけて血を与えてやるがいい」
 ルベウスは力の戻ってきたデキウスの眼差しを柔らかな視線で見つめ、また肌の色を確かめるように褐色の手の甲を撫でた。男性的なその手にキスを這わせようと身を屈める。
「俺の翼がわりで緋いとなると、『ルベウス』という名しか思いつかぬが」
 笑いを含んだ頭上のデキウスの声に顔をあげ、片方の眉を器用に上げて不満を伝えると、デキウスの指先が戯れに歯列を割ってきた。視線を重ねたままそれを舐め、軽く歯を立てようとしたところに、小さな牙先に指が押し付けられ、デキウスの血の味が口中に広がる。
 その香りにふっと目が細められ、絡みつく舌がいっそう濃厚になる。
 指の付け根の柔らかいところを舌先で丹念に抉り、関節に歯を立て、指先が口腔を犯せば口唇の端から唾液が滴った。それをデキウスが拭って自分の口に含む。
「いい眺めだ」
 その言葉にルベウスが苦笑し、手から顔を上げてシーツの上からデキウスの下肢を意味ありげに撫で上げた。
「踏みとどまれる範囲で熱を宥めるのも慣れてきた」
「そんなものに慣れられては困る」
 デキウスがその手を捉えて、下肢の中心へと導く。
「その言葉に騙されて、この間は3日間目を醒まさなかったのは誰だ」
 シーツ越しでも熱を孕みかけたデキウス自身が知れ、ルベウスは困ったように笑いながらも、手は愛撫へと変わる。
「お前が手加減しないからだろう?」
「手加減など期待してたのか」
 手加減、という言葉にルベウスの愛撫はシーツの下へともぐりこみ、いっそう濃厚になる。
「前にそこまで非情では無いと言ったぞ?」
 デキウスが背の傷が引き攣れる痛み半分と、欲望の熱が煽られていく期待半分で、ニヤリと笑う。
「空耳だ」
 ルベウスはこの上なく無情かつ冷たく言い放つと、裏腹の眼差しで意地悪く笑った。そしてデキウスの熱を弄びながら身を乗り出し、耳元で甘く囁く。
「お前がそうできるなら、抱かれてやってもいいがな?」
「とりあえず、止めるのはやめろ」
「承知した」
 ルベウスの口角がつりあがって微笑に艶が増すと、デキウスを今所有しているのは誰かと教えるようなキスで唇を塞ぐ。傷の手当や身を拭う世話のためにデキウスの身を覆う寝衣は、あまりにも容易く解かれていく。
 無防備に露になったデキウスの褐色の肉体に舌を這わせ、すでに十分に反った熱にキスを一つ落すと、片足を肩に抱え上げた。
 傷の痛みに喘ぐデキウスに、ルベウスが物欲しげに唇を舐めながら、それで濡らした指をゆっくりと穿っていく。腰が反射的に軽く浮き上がり、そのせいでデキウスはまた苦痛の声を漏らしたが、今度はルベウスの耳にも濡れて聞こえた。

 デキウスの痛みの呻きと嬌声が淫らに交じりあうころ、ルベウスは己の昂ぶりでデキウスの体を押し開き、その熱い中を抉りつくすほどに容赦なく何度も堪能した。

 次にデキウスが目を醒ましたのはまた三日後だったという。

 

傷


魔04】<<< 【魔05】 >>>【魔06