知り合ってルベウスが持ち込む美術品の穢れを祓うことを手伝うようになった頃だった。いつものようにデキウスの館にルベウスが訪れ、触れることの代償のように美術品の穢れを闇に落とし込んだ後のことだ。
この黒と赤の色彩を手放すのが惜しいのか、体温を手放すのが惜しいのか、自分をじっと覗き込む薄蒼の目が遠くに行くのが惜しいのかわからないまま、寝台に腰掛けてまだゆるゆるとルベウスの背を撫でていた。色彩も体温も娼館に行けば手に入る。薄蒼の目をした者もいる。
だがこんなふうに離れる時間が惜しいと思ったことはない。
ルベウスが自分を利用しているのは確かだが、自分もこうやって触れることの言い訳にそれを利用している。
「どうした?」
抱擁を振り払う代わりに、ルベウスは間近な距離で視線を合わせてくる。普通ならば親密すぎて相手を意識する距離にもかかわらず、彼の眼差しはいつも凪いでいる。まるでこの腕に何年も抱かれ慣れたように。
「少々不思議で」
頭の中をそのまま言葉にすると、ルベウスの口角が僅かに上がった。
「私も不思議だ」
「それは奇遇だな。何がだ?」
ルベウスの言葉に興味を持って、問い返す。
「閨の相手でも無いお前に、触れさせていることが」
そういえば、とデキウスは噂好きの連中から聞いた話を思い出した。
ルベウスはシャリート神の子飼いだという。つまりは寵愛めでたく、代わりに神の都合で誰の閨でも訪れると。
この凪いだ水面のように熱を感じさせない男が、どんな顔で乱れるのかと誰もが思う。そして彼の秘めた熱を見てみたいと。
デキウスも同じことが頭を掠めるが、彼らよりもルベウスに触れられるという距離と機会がある。
そっとその瞼から頬に指先を落すように触れてみると、ルベウスは口唇に笑みを浮かべたまま目を伏せる。
このままくちづけてもいいような錯覚で、薄く開く唇を見つめて触れた。
いやそうではない。彼にとっては何がしかの利が得られる閨の相手が触れるのと変わりが無いのだろう。
「どこまで許すつもりだ? 穢れを祓う代償に」
苦笑しながらも手を下ろせない。
「お前が必要とするだけ」
淡とした静かな言葉。抱きたいならそうすればいいと言わんばかりの、興味も熱も無い他人事のような言葉。
そんなものが欲しいのではないと思った自分に驚く。
「ではいつかその仮面を剥ぎ取って、素のお前が見てみたい」
「仮面とは心外な」
ルベウスは面白そうにそう言いながら、ようやく抱擁の距離から身を引いた。
距離をあけるということは、素顔は彼にとっては誰かと同衾するよりは価値があるようだと、デキウスも含み笑いをする。
ではその価値があるものをいつかいただこう、と。
「仮面があるかどうかは知らぬが、私の素顔などお前が興じる価値も無いぞ?」
「価値を決めるのは俺だ」
「酔狂な男だ」
ルベウスは喉奥で柔らかく笑うと、手を伸ばして最後に頬に触れてきた。
「また世話になる」
そう言って、唇を僅かに窄めて軽いキスの音を立てる。
「閨の相手には別れにいつもそんな挨拶か?」
ルベウスはまた滲むように笑うと「別料金だがな」と残し、真紅の二対の翼を広げて窓から自分の塒へと飛び立つ。
「確かに相手をその気にさせるのは、高級娼婦みたいなものか」
その姿を見送りながら、デキウスは鼻先で自分を笑った。
翻弄されるのは嫌いじゃないと呟いて。