黒と赤

【20170408-2】バニラ

夜会の時間を過ごした独特の香りをまとって、ルベウスが戻ってきた。見惚れるようなしぐさでカフスを外してくつろごうとする手首を捉えて、我がままなほど身勝手に抱きしめ、そのまま床へともつれ込む。
「皺になる」

苦笑を混じらせたルベウスの声。そんな抗議に耳を貸さず、耳にくちづけ、頬へと口唇をすべらせた。

床に乱れる髪からは貴婦人の華やかな香水や化粧と、紳士の嗜むエキゾチックな煙草と、盃をかさねたアルコール、そして俺の調合した精油が入り混じった芳香がする。それを愉しみながら誘うように笑みの形を作る場所へ口をつける。


あまい。

形容ではなく、菓子の甘さ。たっぷりの砂糖と蜂蜜、ヴァニラと少しの酒の。

夜会の席で出たデザートの名残だろう。

普段、人間の好む食べ物という存在をほとんど口にしない俺だが、これは悪くない。

もう一度舐めると、ルベウスが腕の下で低い声で笑った。
「ケーキが所望なら、部屋に取り寄せてやるぞ?」
「ルベウス殿は無粋だな。この甘さが良いんだ」

返答の代わりに、ルベウスが背に手をまわして抱き寄せる。

「では存分に、ご賞味あれ」