黒と赤

【魔13】 お題『かまって欲しいなら素直に言え』

 何度言ってもルベウスは放っておくと床で寝る。聖界にいた頃からの癖が抜けないのと、本人が書物さえあれば眠る環境にあまり頓着しないということもあるのだろうが、デキウスにとればどうしてこんな有能な男が、何度言ってもベッドに寝ることを覚えないのか不思議だった。
 面倒くさい、ここでも支障がないというのが相手の回答だが、寝るために寝台へ行くのがそれほど面倒なことなのだろうかと頭を傾げざるを得ない。
 熱中していることを中断されるのが嫌なのだろうかと思うが、そんなことはどうでもよい。デキウスにとって慣れたものを抱いて眠れないのはそれだけで日常の不満のひとつになる。
 そんな不満のことを思い出せるようになったのは、背中の傷から瘴気の嚢胞を取り除かれて起きている時間が多少増えた頃からだった。自分の看護のためか、ルベウスは寝台の右側の床にクッションと本を並べて居心地のよい巣を作りそこで寝起きしていることに気づいた。一応、申し訳程度に側に寝椅子もあるが、すでに寝ていないのだろうということがはっきりとわかるぐらいに雑多なものが置いてある。
 十分すぎる広さの寝台が目の前にあって何故床を選ぶのだ、この男は、と思いながら、寝台に持たれて床に座り込み、本を読んでいるルベウスの髪に指が届いたのでそれを引く。
 何だ、と肩越しに振り返りデキウスと視線が合うと、少し微笑んで身をひねった。
「目が覚めたか」
 床に膝をついてベッドに頬杖をつく形でデキウスを見上げる。ここずっと見下ろされて話しかけられる姿に慣れていたので、下から見上げてくるルベウスは新鮮だ。
「相変わらず床で寝てるのか」
「問題でも? 自室だとお前に気づけない。そのほうが問題だ」
 ルベウスが薄く笑いながら、デキウスが伸ばした指先に唇を軽くつけた。
「眠りの質が悪い」
「そんなことはないが……」
「お前のではない。俺のだ」
 キスをしていたルベウスの動きが止まり、呆れたように眉を上げてデキウスの顔をじっと見上げてくる。
「お前のか。あれだけ眠っていて、そう言うか」
「事実だからしょうがない」
 憤然と主張するデキウスに、ルベウスは苦笑した。そしてデキウスの手をとってそれで自分の頬に触れさせ、肌の温かさに満足するように目を伏せる。
「もう少し目覚めている時間が増えたほうが、私にはありがたいのだが」
「だから安眠を妨げようと、床か?」
「屁理屈だな」
 ルベウスは喉で笑うとデキウスのてのひらに唇をつけ、そして悪戯げに視線を上げた。
「寝てる間もかまって欲しいだけなのだろう?」
「当然だ」
 それの何が悪いかというようなデキウスの返答に、ルベウスはまた笑って身を寝台に引き上げてデキウスと間近な距離で身を横たえると、お互いの鼻先を軽くつけた。
「傷に触らないように気を使って眠るのは大変なのだぞ」
「駄々を捏ねる俺の相手とどっちが大変か、その優秀な頭でよく考えろ」
「なるほど、説得力がある」
 降参だと言うようにルベウスは緩くデキウスの腰に手を廻し、双丘へのカーブを撫でる。
「目が覚めたときに隣にいなければ苦情を申し立てる」
「好きにしろ」
 相変わらず笑いを含む声で応えると、ルベウスはまたうとうとと眠りへと戻っていくデキウスを飽きずに見守った。

 


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