黒と赤

【8/13】お題『そんな不意打ち、ずるくないですか』

 オディールでのルーフェロの夜を飾る最後の舞踏が始まった。
 鏡張りの豪奢な舞踏室で、それぞれの趣向を凝らして着飾った貴族たちがパートナーを選んで舞踏の輪に加わっていく。
 円舞曲を最後まで同じ相手と踊る者、請われるままに相手を次々と変えていくもの、さまざまだ。
 ルベウスは酒を片手に舞踏を眺める主人の側に佇み、魔界の力関係を見るような目で誰と誰が踊っているかを見つめる。
「おお、デキウスは上々に仕上がったな」
 凄みのある美女、七将軍の一人アスタロシュと思われる相手に申し込まれ、周りと何の遜色もなく、むしろ優雅に踊るデキウスを眺め、主人が満足げに笑うのを見て、ルベウスは胸に手を添えて恭しく頭を下げた。
「畏れ入ります」
「また相手が変わった。今度は男か」
「多方面で顔が広いようで。私も把握仕切れませぬ」
 苦笑するルベウスに、シャリートの視線がちらと向けられる。
「お前は最後の円舞を踊ろうと言う相手はないのか」
 返事をする暇もなく、シャリートのほうがバールベリスから誘いの口上を受け、笑みを浮かべて少年を円舞の場にエスコートして行った。
 踊る人数が増え、円舞のステップを踏む場所は殆ど限られた空間になっている。デキウスは今誰と踊っているのかと好奇心で視線を彷徨わせたが、あまりにもの色彩の渦のせいで目で追えない。
 ならば、と目を伏せて気配を辿ろうとしたところで、右手を捉えられた。
「最後のフレーズ、所望させていただいてよろしいか、伯爵」
 その声でルベウスの口元に笑みが浮かぶ。
「ずるい不意打ちだ」
 薄蒼の目を開くと、常とは違い髪を撫で付けてルベウスが見立てた衣装を纏っているデキウスが悪戯げな表情で立っていた。
 右手を取られているまま、自然と舞踏のホールドの中に収まり、ステップを踏み出す。
 群集が瞠目する視線に笑いがこみ上げ、ルベウスはデキウスの耳元で小さなキスの音を立てた。