五神の一人であるシャリートの寵が欲しい聖族は、改めて教えてもらうまでもなく数え切れないほどいることは知っていたし、比例して彼の夜伽の相手を望むものも多い。それが叶わぬならと、寵愛の厚いルベウスを寄こしてほしいという希望があることも承知していた。それが聞き入れられるかどうかすら、シャリートの一存だ。
ただ他が期待していることと決定的に異なることがあって、ルベウスはシャリートに抱かれたことは無い。事実を話したところで今まで誰一人として信じて受け入れたことがないのと、ルベウスにとってはどうでもいい問題だったので看過してきた。
今日の相手もシャリートの身代わりとしてルベウスを呼んでいた。ただ、自分自身でルベウスのことが好きだと上書きしており、そう思い込もうとしている分、ルベウスへの執着もあるから面倒だ。
それでもシャリートの命を受けるぐらいなのだから、彼とて多少の情をかけているのだろう。身代わりを送ってやる程度にはあるはずだ。
ルベウスは自分の下で嬌声を上げ、身をくねらせ、腰を振って快楽を追う相手を見つめる。相手の精を貪欲に搾り取ろうとする肉体は、確かにめくるめく快感を提供してくれた。
滑らかで白い肌も、ルベウスの片手でやすやすと抱ける華奢な肉体も、地上で描かれる天使はかくやという整った容貌も、賞賛こそあれど疎ましく思う者はなかろう。
ルベウスの名を何度も呼んで、背を掻き抱いてくる。
深く突き上げ、耳元で名を囁いたり相手が歓ぶ淫らなことをいくつか言えば他愛ない。
相手はすがり付いて身を震わせ、さらには上り詰めて果てた。ルベウスは精を吐かず、そこから脱力した人形のような体をさらに犯す。
嫌がり、泣いて懇願するが、これも相手が望むスタイルの一つなのだ。
華奢な体を返して四肢を寝台につかせ、肉と液体が擦れ合う音を立てて激しく後ろから攻めると、すぐに啜り泣く声に混じって嬌声が溢れてくる。次の快楽に震えて立ち上がり、熱を孕む部分を自分で擦り上げている。
下級天使ならば何度堕天すればすむことかという淫蕩ぶりだが、この相手に限って言うならば肉欲も独占も嫉妬もすでに色あせた退屈なもので、もし彼が堕ちるものを溜めるとすれば、力への渇望だった。
だからルベウスの心の篭らない型どおりの睦言でも、約束どおりの快楽でも、その先に思いの成就や結実を期待していないから存分に楽しめたのだ。
彼に呼ばれると閨房の勤めだけではなく、書にはない色々な知識を披露してもらえたり魔術の話題に事欠かなかったので、ルベウス的には仕事相手の中でもそこそこ丁重に接しているつもりだった。
名残惜しそうに絡み付いてくる相手を、無礼にならない程度にかわしながら身を清めてやり、しばし寝物語につきあってから辞す挨拶をした。
「楽しかったよ。またね?」
無垢さと淫蕩さがとけあった微笑を向けられ、ルベウスは額へとキスを落とす。誰が見ても別れを惜しむ恋人同士のようだ。
「シャリート神の結界でよくわからなかったんだけど、この前の闇くんと寝たって?」
枕に顔を半分うずめ、片方の眸でルベウスを悪戯っぽく見上げている。ルベウスは驚きもなく熱の無い微笑を返し「今度、同じことをしましょうか?」と指の関節で完璧な曲線を描く頬を撫でる。
「わかってるじゃない。こんど、ね?」
満足げに笑う少年にもう一度別れを告げ、ルベウスはバールベリスの宮を後にした。
気分的に酷く疲れたと思いながら、斎戒宮に行くほどでもなくルベウスは棲家へと戻った。バールベリスは他の相手に比べれば、無茶なことも要求してこず、また無理に願わない。時には学術的な話だけで帰ることもあるぐらいで、相手をするのにはもっとも楽な部類だ。むしろ楽しい部分すらある。
この疲れはおそらくこれは帰り際に投げられた言葉だろう。
デキウスと寝たのか、と。
自分の行動が、シャリートがその気になれば筒抜けなのは知っている。ルベウスはシャリートの庇護下にあり、シャリートの力の恩恵を受けている。それの代償というのも可笑しいが、シャリートの力がこの体の中にある限り、シャリートはルベウスが世界中どこにいようとも追うことができるのだ。
ただ彼もいちいち子飼いの私生活を覗くほど酔狂でもなかった。ただこの前は彼の結界の中だ。こちらから何が起こってるのか教えたようなものだった。
意図してたわけではないが、気付いていなかったわけでもない。
つまりは、シャリートにこの件が届くのを承知だった。
ルベウスは溜息をつくと地上の聖堂の扉に似た、背の高いそれを開き、外の明るさを追い出すように閉めてもたれる。建物の中に漂う嗅ぎなれた薫香の香りを深く体内にいれ、頭の中を沈めるためにも眠りを取ろうかと思いつつ、書物が作った輪の中に腰を下ろした。
習慣としての眠りはないが、肉体を纏っているときに気持ちを切り替えるのには有効だ。だがデキウスのように寝台を必要と思ったことがなかったので、今も頭を載せたり体を休めるためのクッションがいくつか床にあるだけだ。
寝台での仕事が多いのに、と改めて思うと笑いがこみ上げる。
仄かに甘い香りと静謐に包まれたこの場所で、一人で思考を漂わせるのは昔から好きだった。ルベウスを生み出すことになった紅玉を体内に抱えた竜もそうだったのだろうか、と時々想いを馳せる。
そして思考は先ほどのものに戻ってくる。
デキウスと寝たのか、と。
寝た。今まで数え切れぬほどのものと同じように。何の違いがあろう?
そしてそこに意味は――。
意味はわからない。
ただ今まで振幅の殆どなかったルベウスの心を波立たせる。
少なくとも、一度寝たら顔も名も思い出せぬのではなく、いつも思考の片隅を占めている。
バールベリスに約束したようには、同じようにはきっとできないだろう。彼の願いを叶えてやろうと思っていても。
眸を伏せたまま、自分の口唇にそっと触れ、バールベリスにした甘いキスを思い出す。
そしてデキウスと交わした激しいキスを。
薄く唇を開いて、中指の腹をそっと噛んでみた。
どれも違うのだ。代わりになるものは無い。
そのまま顎から喉へのカーブに沿わせるようにして指先で鎖骨に触れた。
デキウスの腹に乗って、両手で触れた張りのある胸の筋肉を思い出すと、鳩尾あたりからじわりと熱がゆるく広がる。
誰を抱いても生まれない熱が。
デキウス――、と呟いたのは自分の声だったか、心の幻聴だったかわからなかったが、口唇の薄い皮膜を濡れた感触がそっと覆う。
嗚呼、と安堵の溜息に似た呟きを漏らし、両手を挙げて髪に指を絡めもっとくれと抱き寄せる。
目を閉じていてもわかる繊細な白金の髪。
指で辿る頬、顎、そしてうなじの曲線はもう馴染み深い。
唇が離れ、眸を開いてデキウスを見上げると口角を上げた。
「頼みがある」
「なんだ?」
デキウスの指が降りてきて、髪の手触りを愉しむように梳く。
「少し眠りたい。眠るまででいい。そこにいてくれないか」
頭上でデキウスが笑う。
「そういう時は、添い寝してくれと頼むのが普通だろう?」
「添い寝で終わりそうにない……」
ルベウスはそう欠伸すると、いつもならデキウスがするように腿に頭を乗せさせろというように手招きしたが、代わりに背後から抱きしめられた。
うなじや髪にキスを落としているが、熱を煽ろうという愛撫は無い。
「ただし斎戒宮に寄ってきて無いぞ?」
デキウスの言葉に、ルベウスが腕の中で身じろいで笑った。
「偶然だな、私もだ」
ルベウスは深く息を吐くと、背中に感じる体温に眸を伏せて眠りへと意識を手放そうとして、最後にふと独り言のように呟いた。
「意味はわからないが、身代わりは無いな――」
「難しいことこねくり回さず、眠いときは寝ろ」
デキウスのいつものような呆れた口調にルベウスはまた少し笑うと、自分に回されている腕にキスを落として心地よい眠りへと身を沈めた。