黒と赤

聖32 【8/2】お題

「どこかで会ったことありますか?」


地上の任務で他の聖族に会うことは珍しくは無いが、そこでお互い協力するということはあまりない。せいぜいが礼儀正しく挨拶をして言葉を交わすぐらいだ。 ルベウスと落ち合う予定の宿屋の酒場で、酒を一杯だけ置いて時間を潰していたデキウスの足元に、何か小さなものが転がってきてぶつかる。拾い上げれば金の指輪だった。石はなく蔦のような彫刻が施されている。
「ありがとう。久しいね」
 と言う声と聖族の気配に顔を上げて、相手を見る。これといって特徴の無い青年の姿を纏っているが、デキウス相手に畏れ入った様子も無いことを考えると同じ旧神の中級天使だろう。
 指環を返しながら「どこかで会ったかな?」と問い返す。
「ああ、覚えてないんだね。僕は忘れて無いのに酷いな」
 と青年は笑いながら答えた。「春の女神の館で、5人ぐらいで愉しんだとき、一緒だったよ」と続く言葉に、覚えていないのも当然だと苦笑する。
「すごく君のことが良くて、今度は二人で会おうって言ったのに?」
 デキウスにとって二度目の約束など別れの挨拶にしかすぎないのだが、相手は律儀に覚えていたことに驚く。だがすぐに冷ややかな空気が通り過ぎた方に気を取られた。
 また来てよ、という相手の言葉も耳に入らず、振り向くとルベウスが二階の階段を上がっていく。
 そしてチラリと肩越しに一瞥を投げる。
 呆れているのか嫉妬なのか、どちらにしてもルベウスが自分に対してこんな反応を見せることに、デキウスは口元が緩むのを感じずには居られない。
 目の前の相手には別れの言葉も早々に、ルベウスを追った。
 今宵は蕩かせるのに少し時間がかかりそうだと思いながら。  

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