黒と赤

聖26 お題【8/1】

君が笑うと俺も嬉しいから/だから、しよ?/すきにして、いいよ。 /「僕も常々あなたに甘い」



「好きにすれば良い」
 ルベウスが無関心どころか若干冷気を纏っているのではないかという語気で言い放つ。旧神の娼館まがいのところへ通うなとは言わない、と冷たく続けた。 相手に命じないかわりに、微塵たりと請いもせず、ただ意に沿わぬことだけを伝えてくる。そしてこちらが止めないことも承知しているのだ。
 まったく可愛げがないのに、気を惹かれるという自分をどうしたらいいものか、とデキウスは半眼でルベウスを観察していた。
 誰かの香りや名残を残したまま、触れるなと言う。
 デキウスの性質からすれば曖昧に笑うしかない。ルベウスとの関係では足りないものを外で補充して何が悪いのかと。しかも旧神の娼館の相手とルベウスではデキウスが求めているものが違う。
 娼館で100人を抱けど、ルベウスとひと時分かち合う時間には適わないのだが、そういう問題ではないらしい。
 更に言えば、現状ではルベウスでは満たしきれないものを外で補っているからこそ、彼の望むセーブもできている。
 ルベウス自身も彼が望んでではないといはいえ、仕事で他者と同衾するではないか。
 他人の名残があるなら、自分で塗りつぶせばいいというのがデキウスの考え方だが、ルベウスはそうではないらしい。思っていたより潔癖なのか、それとも独占欲が強いのか、と考えると、何となく満足に似た笑いが込み上げる。
 結局、その日は抱擁しようがくちづけようが気の無い反応で、欲求不満から明らかに娼館に行く前以上に穢れが溜まった気がした。
 そこで後日、いったいルベウスの態度だけでいかほど穢れが溜まるものか実感してみようと、半分揶揄うつもりで斎戒宮に立ち寄ってからルベウスの元を訪れた。
 前回の発言など何も気にしていない態度がいかにもルベウスらしく、デキウスの来訪をいつものように淡々とした興味とわずかばかりの歓迎で迎えてくれた。
 増えすぎた書物を整理するためか、空の櫃に散らばったものを片付けている。デキウスは背後から抱きしめ、耳の後ろにくちづけた。
「今日も春の女神の寵臣か?」
 ルベウスが少し頭をひねり、右手でデキウスの頭を抱くように髪を愛撫してきた。
「いかにも」
 忙しい男だ、と笑いながら腕の中で身を返して蓋をした櫃に腰掛け、デキウスと向き合った。先日のような氷壁はない。
「今日は嫌がらないんだな」
 少し拍子抜けをして、デキウスはルベウスの髪の感触をもてあそび、そのまま親指で頬を撫でた。

「嫌がる? なぜ?」
 ルベウスは訝しげに眸を細め、自分を見下ろしているデキウスの腰に手を回して抱き寄せる。双丘あたりを撫でる手が愛撫に近い。
「斎戒宮の湯の匂いがする」
 行ってきたのだろう?と目線を上げて問い、そのまま挑発するように鳩尾にキスをする真似をする。

「よそでの穢れを祓い済みなら、ご満足か」
 デキウスは精一杯皮肉めいた口調を装ったが、相手の手の動きにと視線に、自らの浮かぶ笑みを噛み殺しきれない。
「そう思うか?」
 ルベウスがわざと舌を見せるように笑う。それに応えない選択肢などないデキウスは、人差し指を差し入れてゆっくりと口腔を探った。
「他人の移り香ぐらいで態度が変わるお前も他愛ないが、そんな顔の前では俺も甘いもんだ」
 その言葉にルベウスは甘さを含んだ視線で睨み、軽く牙を立てると、口を離した。
「そういうことだ。上手く使え」
「斎戒宮をか? とりあえずはお前の口か?」
 ルベウスはデキウスの言葉に今度こそ笑うと、いつの間にかくつろげていた腰部分に手を差し込んで熱に触れる。
「どちらがお望みだ?」
 ルベウスが唇を舐めて問い返した言葉に、デキウスは笑いながら頭を軽く下へと促した。





 

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