黒と赤

聖23 誓い(ぬるめのお題038)

 斎戒宮で交わした口付けは甘く、蕩けさせるようなものだった。
 これまで旧神達と耽っていたものに比べれば可愛らしいものだが、肉の悦びとは違う充足感が得られたのだ。
 もっと欲しいと思いながらこれ以上は違うものが擡げてくる予感がして、それも勿体ないと感じる。
 柔らかな触れ合いと搔き抱く腕の強さが心地よく互いに何度も繰り返していたが、斎戒宮という場を考慮して離れた際は名残惜しく指の先で最後まで触れようとしていた。
「そういえば俺に任せていない間の闇祓いはどうしていたんだ」
 あの日以来再びルベウスの塒へと頻繁に顔を見せるようになったデキウスがふと疑問に思っていた事を問うた。
 これまでデキウスに持ち込まれた美術品はどれもルベウス一人でどうにか出来る穢れではなく、またそのレベルの美術品でなければ目の肥えたルベウスが今更妥協するとも思えなかったのだ。
 床に座り込んで書物に目を通すルベウスの片膝に勝手に頭を乗せ、本のページが捲られる音を聞きながらデキウスは寝そべってる。
「……自分で処理出来そうなものは持ち込んでいるが幾つか下界に置いてある」
 そう言いながら目線は変えずに開いたページに添えられていた手でデキウスの細く光を通す銀糸を遊ばせる。
 長い指が柔らかく梳き、同じ色の睫毛を掠めて頬を触れるか触れないかの距離で撫でていく。
「浄化のために段階を踏んで取り込んではいるが、お前のように上手くはいかぬな」
 何でもないようにさらりと言った言葉にデキウスは眉を顰めた。
 闇を操る力がさほど無い者が無理をすれば、以前のように急激に流れ込んで取り返しのつかない事態にもなりかねないからだ。
 ルベウスの手を取り身体を起こすと、膝の上に置かれていた本が小さな音を立てて床へ落ちる。
「また担ぎ込まれたらどう言い逃れるつもりだ。下界に降りる時には声をかけろ」
 デキウスからの提案、というには些か強引な言葉にルベウスが軽く目を瞠った。
 美術品の探索で下界へ向かうのは誰を同行させても構わないはずだが、それよりも気がかりな事がある。
「だがお前が斎戒宮で焼かれることになるのだぞ」
「今更だろう。それに…」
 ルベウスの気遣いに軽く笑みを見せ、一呼吸置いて耳の裏側に唇を寄せる。
「お前の穢れを取り込むと、お前を感じることが出来るのでな」
「……」
 薄い耳朶を食み、頬や鼻筋に触れながら唇へと辿り着くと深く口付けていく。
 ルベウスの尖った歯にも舌を這わし、粘膜を刺激する感触を楽しんだ。
「何かあれば魔族に襲われたとでも言えば良い」
 悪戯を持ちかけるような口調で言うと再び口付け、意識的に舌を歯に押し付けると小さな傷を作る。
 唾液で薄まった血を含ませると受動的だったルベウスが強く舌を吸い、強請るようにデキウスの背に腕を回した。
 それを合図にデキウスの手がルベウスの服の中へと忍び込み直接肌に触れた途端、先程まで交わしていた濃厚な口付けがぴたりと止まる。
 もっと、と言わんばかりにデキウスの舌が唇をなぞるがルベウスから発せられた言葉に唖然とした表情を見せた。
「我が君の許可なく堕ちるのは流石に困る」
 ほんの少しだけ困ったような表情で拳ひとつ分の距離を取り、ルベウスが笑う。
 確かにその通りなのだろうが、ここまで来てそれはないだろうとデキウスは溜息をついた。
「……俺が堕ちたらお前の責任だからな」
 そう恨み言をこぼすと緩く上がったルベウスの唇に軽く歯を立てた。


 

 

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