黒と赤

聖25 お題【7/30】

1「こんなに僕を染め上げておいて」
2試してみる?/戻れない、戻らない/怖くない、と言ったら嘘になるけど



 血を目にしたり浴びたりすると、自分の中に微かだが暴力的な衝動が生まれるのは知っていた。その衝動は討伐においては意識や運動能力を活性化してくれ、仕事がやりやすくなる部分があるのでさほど気に留めたことはなかったが、とりあえず微量の穢れを重ねることは気付いていた。
 己が竜の体内で育まれた時の宿主の記憶によるものだろうか、というぐらいに大して突き詰めて考えたことはなかったのだ。
 だが、デキウスとくちづけを重ねるようになって、気付けば同じような感覚に陥り、もっとそれが欲しいと思っている自分に気付き、慌てて自制心で暴走しそうな何かを止めることがある。
 彼とのキスは確かに仕事相手とは比べ物にならないほど刺激があり、蕩けるものだったが、本当にそれだけだろかと思いながら、ルベウスの腿を枕代わりにもたれて珍しく何かの本を眺めているデキウスを見下ろした。
 指先で銀の髪先をつまむと、なんだ、というように目線を上げてこちらを見てくる。
 閨房での仕事で意味を感じないとは言え、衝動がわからないわけではない。討伐での殺戮由来の衝動と、キスから沸きあがるものがもし同じならば、聖族として好ましくない事実だ。今はどちらも微かなものだが、もしそうなくなれば間違いなく堕ちる。
「暫くお前とはキスをするのはやめる」
 明日出かけるのはやめる、という程度の軽さでそういうと、一人納得したように手元の巻物を手に取った。
 デキウスはいい加減慣れてきたとはいえ、この虚を突かれるかのような言動に、手を上げてルベウスの頬に触れながら「今度は何だ」と苦笑した。
 突拍子も無い発言だが、それまでにルベウスが色々と考えた末だと理解したのはまだ最近だ。そうわかるようになっても、驚かされるし腹が立つこともある。
 冷たくはないが、だからといって優しくもない色の薄い目がデキウスを見下ろしてくる。
「恐らく私の牙のせいだと思うんだが」
「話がさっぱり見えん」
 頬に触れていた手を唇に這わせると、指先で割ってその問題の牙に触れた。
「お前の唇か舌を傷つけているのだと思う。それで血が出ると」
「別に構わん。というか、血の味のキスはむしろそそられるがな」
 デキウスはそう言うと、ルベウスのうなじに手を回して頭を下げさせ、キスをねだる。ルベウスは触れるキスで応えたが、深くは返さない。
「お前が良くても、私が困るのだ」
「どう困るんだ?」
「――魔族を討伐している気分と似る」
 ルベウスは眉を寄せて気難しげな顔をした。
「ほう、それは詳しく聞かせてくれ」
 デキウスは面白げに笑うと、腰を抱き寄せてゆるく撫でた。
「暴力的とまではいわないが、好戦的と言おうか……」
「戦の神など、どいつもこいつも血走ってるぞ?」
「私の資質はそういうものではないからな」
「じゃあ、俺を支配したいとか、征服したいとか?」
 デキウスの声音にあからさまに面白がる様子が出て、ルベウスは不機嫌に目を眇め言葉を閉ざした。それを宥めるように腰から背中へとゆっくり撫で上げる。
「戦闘的なものに近いのは別に不思議じゃなかろう?」
「どちらも血が関係しているような気がするのが問題なのだ」
「それでキスをするのをやめれば、解決するのか?」
 デキウスは肘をついて体を起こすと、獣が背を伸ばすように身をしならせ、ルベウスの唇にキスで触れた。
「とりあえずは穢れが溜まる速度が減る」
「キスしたいと思わないならな」
 そう言ってデキウスが口を薄く開いて舌を覗かせると、ルベウスはしばし見つめていたが溜息をついて顎を取り、唇を食む。お互いの口腔を舌先で確かめ合っているうちに、また薄く血の味が広がった。それを合図であるかのように、ルベウスのキスが深く、甘くなる。デキウスは胸で体重をかけていきながら、相手をクッションの山に沈め、指を絡めた。
「どうせ我慢しても穢れが溜まるぞ?」
 予想通りのキスにデキウスは舌なめずりをし、まだ困惑が残るルベウスを見下ろした。
「お前が穢れに染まる」
 それは困る、というような表情のルベウスに、デキウスは口端を上げて肉食獣のような笑みを見せ、喉にくちづける。
「だが、お前を感じる……」
 その言葉にルベウスの眉間が少し緩んだ。デキウスの髪に指を指しいれ、吐息を一つ漏らす。
「果てが見えなくて、少し恐ろしい。こんな気分は馴染みが無い」
「何の果てだ?」
 デキウスはオパールのように色の変わるルベウスの襟もとの合わせの釦を丁寧に外し、あらわれた肌に唇をつけ朱を散らす。
「お前を求める果て」
「果てが見えるまで試せば良い」
 胸の突起に唇が掠めると、体を密着させているからこそわかる僅かな反応が返ってくる。そして言葉よりも雄弁に、ルベウスの手がデキウスの下腹部を辿った。
「きっと戻れない」
 ルベウスの声に苦笑が混じる。デキウスはキスから顔を上げて、まだ何かに戸惑い揺れ動くルベウスの顔を見下ろし、誓うようにそっと唇を触れ合わせた。
「だが一緒にいる――」
 と声にならない囁きを漏らすと、ルベウスが薄蒼の眸を細めた。不機嫌にも見える眼差しに、悪戯げな色が混じる。
「それは酷い誘惑だ」
 そしてデキウスの腰を重ねるように抱き寄せ、唇を甘く吸い上げた。

 

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