黒と赤

聖19 お題【7/26】

若気の至り、かもしれない/薄暗い部屋で二人きり/君の手を握りしめて





 光溢れる聖界にあって地上にいた旧神達に少しばかりの安息を与える夜。
 ルベウスの塒としている旧神達の住まいが立ち並ぶ場は昼夜の境無く嬌声と濃密な香りが漂う場であったが、彼の住まいだけはひっそりと静寂を保っていた。
 灯りも燈さず床一面に散らばった美術品の隙間でデキウスは言葉を発さずに自分に覆いかぶさっている男を見る。
 薄暗い部屋で以前と変わらぬ熱の無い目であったが、見下ろしてくる双眸は先程まで我が身に降りかかっていた趣味の悪い戯れに動揺しているようだった。
 これまで享楽的な快楽を貪っていたデキウスにしてみれば何という事もない、ただ五神の一人であるルベウスの主の伽を命じられただけの話だ。
 ルベウスの主であるシャリートの噂程度は聞いていたが、とても自分が好みに当てはまるとは思えずそれを聞いたとき何の冗談かとデキウスは眉を顰めた。
 友人の主に呼ばれたとあってはデキウスに断る権利などなく、言われるままに伽の相手をしたまでだがルベウスが同室に控えているとは予想外だった。
 夜ごと複数の旧神達を相手に快楽に耽っているデキウスは見られることも何ら抵抗はなかったが、少なからず特別な思いを持っている相手に見られるというのは少々思う事もある。
 ましてやその者の主に組み敷かれるのだから、相手も複雑になるだろう。
 それでも五神の一人から得られる精はデキウス本来の力を高め、その手管も充分に楽しめるものだった。
 あられもない格好で貪り、シャリートの望む声を上げて何度も果てた。
 ルベウスはその一部始終を見、塞げぬ耳で聞いていた。

「どうした」
 そして今、顔の横で両手を固定した状態で見下ろしてくるルベウスは何も言わずにデキウスの自由を奪っている。
「分からぬ」
「何がだ?」
 揶揄える雰囲気ではなく、本当に困惑しているかような色が目に浮かんでいる。
「腹の底に澱のような物が貯まってくる。斎戒宮で浄化したというのに」
「それは……」
 閨房など文字を書くのと同じだと言っていた友人がどういうことだろう。
 今度はデキウスの方が驚き、珍しいものを見るような目でルベウスを見つめ返した。
 そしてふと仕方の無いやつだと言わんばかりの笑みを浮かべ、両の手首を掴んでいるルベウスの手を不自由な指でなぞると緩い拘束が解かれる。
 ルベウスの手が離れる前に自分から指を絡め、そのままの体勢で甘い拘束を続けさせた。

「お前がしたいようにすれば良い」

「…………」

そう伝えても動けぬルベウスに再び苦笑を浮かべる。

「口付けを。ルベウス」
 一時の気の迷いかもしれないその言葉に一瞬眉を潜めたが、ゆっくりと顔を近付け触れあうだけの口付けを落とす。
 それをきっかけに何度も重ねあわせ、絡めあった指に力を込めた。
 何も言えぬのは表す言葉が分からぬからだ。
 自分の内に沸き上がった感情が何なのか、この感情の矛先を誰に向けて良いのかも分からない。
「……不愉快だ」
ぽつりとそれだけを呟くと、薄暗い部屋で再び二人の身体が重なっていった。


 

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