黒と赤

聖14 お題023【歳の差】

 


下界から戻り斎戒宮で穢れを浄化させる一連の流れはデキウスにとって憂鬱以外の何者でもない。
フィディウスのような神への愛を何のてらいもなく公言出来る者には斎戒宮の焔も恩寵のような物らしいが、下界で人並外れた穢れを被るデキウスにとってそれは拷問と同じ苦痛だった。
最近ではルベウスの持ち込んだ闇を浄化するため自らの身体に取り込んでいるせいで頻度も穢れの度合いも高くなる一方だ。
先日ルベウスから吸収した闇と討伐で貯まりに貯まった穢れを浄化する際、あまりの苛烈さに獣のような咆哮を上げ肉体の胃液が逆流して酷い有様を晒すことになった。
まだ年端もいかぬ下級天使や、これから討伐に参加していく中級天使がその惨状を目の当たりにして恐れ戦き何人か倒れこんだ程だ。
ああならないようにと新米たちに言い聞かせていたのは、神への忠誠厚いフィディウスと原因の一端を持つルベウスである。
淀んだ穢れは焼き尽くされ、とても口には出せない悪態を何とか奥歯で噛み殺したデキウスだった。

「ご苦労だったな」

ぐったりと湯殿に浸かるデキウスにいつもと変わらぬ表情でルベウスが労をねぎらうが、食道を酸で焼かれる痛みと不快感は消えるまでに時間がかかる。
さっさと肉体を解けば良いものを、デキウスはあえて纏ったままその痛みを受け入れていた。
吐瀉物と血で汚れた軍装は早々と片付けられ、軽やかな花の香りが漂う湯はささくれだったデキウスを癒そうとしているようだった。

「見世物にするな。流石に不愉快だ」

眉間に皺を寄せ、濡れた銀糸をかきあげながら溜息をつく。

「それから、ここにくるなら服くらい脱げ」

風呂の熱気など気にしていないかのように着衣のまま顔を見せたルベウスについ言ってしまったが、下心があるようにしか聞こえないのではと益々眉間に皺が寄る。
まさか着衣の事を言われるとは思っていなかったルベウスは一瞬目をみはると、喉を震わせるように笑った。

「確かにそうだな」

相伴させてもらおう、と言いながら脱衣場へ消えたルベウスをデキウスは呆気に取られたような顔で見送った。

 

——————————————————————————————
7/24 「不意打ちで」「肩を抱き寄せる」。キーワードは「プレゼント」

 湯殿でお互い全裸ともなれば、非礼のないようにいつも以上に距離を取る。お互い裸体を恥じる感覚はないが、今はルベウスの礼儀正しさが有難かった。いつもの調子は耐えられない。
 ルベウスは斎戒宮でのことに改めて礼を言い、フィディウスもあの苦しみを耐えてまた戦場に出て行くお前の豪胆さを賞賛していたなどと話しているが、デキウスは瞑目して頭の中で今日屠った魔族の数を数えていた。
「聞いているか?」
「聞いてない」
 無愛想に答えると、湯気の向こうで「聞いてるじゃないか」と返事がすぐあったことを笑う柔らかな笑い声が短く聞こえた。湯をかきわける音がして、近づく気配。
「美術品の穢れを祓ってもらうのは暫く控える」
 そして濡れた手が労わるかのように額から頬を撫で、最後に軽く親指で唇に触れ離れていった。
 さすがに心が痛む、と苦笑を滲ませた言葉と共に。

———————————————————————————————

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です